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今治シビックプライドスクール 第1回

 ―第2期 みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか― 

                    【まちの空洞化・砂漠化を考える】

「なぜ行政参加のまちづくりか?」ーまちづくりの目線から考えるー

 日時:平成22年10月26日(火)

午後7時00分~午後9時00分

場所:今治中央住民センター

講師:愛媛大学法文学部教授 藤目 節夫

ICPCのCとはシビックプライドのシビックになると思う。はたしてシビックプライドで十分なのか。コミュニティプライドが無くて、シビックプライドが成り立つのか。自分の身近な地域に眼差しが無くてまち全体のまちづくりに眼差しが向くのか疑問に思う。

 まちづくりに関して4つの誤解がある。

①まちづくりは行政の仕事と考える誤解

②地方分権に関する誤解

③まちづくりは大きな単位から小さな単位へという誤解

④町内会・自治会とNPOに関する誤解

ひとつは行政の仕事と考える誤解。公は行政が、私は民間がという誤解がある。公の部分でも民がサポートしないといけない。高齢者の福祉を考えると、行政が施策を考えて進めていくが、現場では高齢者の見守りなど地域のコミュニティがしないといけない。両方が一緒にサポートしないといけないがいまだにそういう発想ができていない。昔においては例えば、鎌倉時代の惣村という自治があり、住民が武士を雇って村を守っていた。昭和初期でも地域がお金を出して学校を建てたりしていた。それが昭和30年代になって高度成長で税収が増えてくると行政主体のまちづくりになっていった。それによって地域に対する思いを失っていった。住民参加ではなく、行政参加のまちづくり。言い換えれば行政と住民の協働のまちづくりが重要。2つ目は地方分権に関する誤解。3つ目は大きな単位から小さな単位への誤解4つ目は町内会・自治会とNPOに関する誤解。

 なぜ行政参加のまちづくりか? -まちづくりの目標から考える-

①地域に生きる希望をみんなで育む

②人と人、人と自然、との関係性の再生

③一人ひとりがかけがえのない存在に

④安全で、安心で、楽しく、そして誇りの持てる地域を創る

⑤新しい価値を地域から作り出し、地域に上乗せする営為

地域に生きる希望をみんなで育む。人と人、人と自然、との関係性がずたずたになっている。それらは行政だけではできない。それができると人がかけがえのない存在になる。西洋は自立した中から関係性を持っていく。日本は人と人との関係性の中に自分の存在を見出す。それが伝統であったはずが日本でも自立を求められて、関係性がおかしくなっている。高齢者が地域の役に立っていると満足しながら死を迎えるのが最高の福祉だと思う。安全で、安心で、楽しく、そして誇りの持てる地域を創る。新しい価値を地域から作り出し、地域に上乗せする営為。これらも行政主体でできるわけがない。

国から地方自治体への権限・財源移譲

         ↓

国と地方自治体の役割分担の明確化

         ↓

市町村とコミュニティの関係も基本的に同じ

   → どちらも地域共同体然るに、市町村のみ財源と権限あり

 国から地方自治体へ権限・財源の移譲が地方分権だと誤解しているが、国と地方自治体の役割分担の明確化が地方分権だと思う。自治体とコミュニティはどちらも地域共同体で一緒。地方分権一括法で中央政府と地方自治体が対等であると認められた。しかしそれには地方自治体がコミュニティに対して、どんな権限と財源が割り振れるか記述が無い。それは市町村の判断に任されている。

 平成の大合併で権限は地方に委譲されたが、財源は移譲されなかった。自治体内では自治体分権があって、コミュニティに権限と財源を与える。団体自治権など大きい自治権とコミュニティの小さな自治権がある。両者が補完性の原理で構築されている。そこで協働のまちづくりが行われる。補完性の原理とはあることに対して一番近いところが責任を持つ。そうなると国は国防、外交、通貨など限られてくる。日本は大きな単位から小さな単位へのまちづくりが行われているが、それを逆にしなくてはならない。

 小さな単位は自治会・町内会ではなくなってきている。新しい地域コミュニティ(手作り自治区)を創らないといけない。その構成は自治会・町内会だけではいけない。それに入ってない人もいるからその人たちも全て含めて個人レベルで入る必要がある。例として安芸高田市の地域振興会や松山市のまちづくり協議会などがある。

コミュニティ(町内会・自治会)

地域での人びとの共同生活を共同で管理する組織。相互扶助の組織で、地域課題に総合的に対処する。

 ☆NPO(アソシエーション)

個別の目的と機能をもつ任意の集団。地域共同管理の一部を専門的に担う組織。

地域共同管理の機能を総合的に果たすことはできない。その意味でコミュニティにとって代わる組織ではない。

町内会・自治会は日本全てを網羅し、古い体質で消え行く運命だがなかなか消えない。NPOだけでまちづくりが可能という誤解もある。だから町内会・自治会に取って代われるという誤解がある。

 コミュニティとは何かを考えると、人は一人では生きていけない。集団で住む必要があるが、そこには共同生活が発生する。そして共同管理が生まれ、共同管理する組織が必要になる。それが自治会・町内会である。地元学にもつながるが、まちづくりをする時に、昔まちはどうだったか、民俗・風習などを調べる必要が出るとき高齢者に教わるのが一番である。それにより高齢者の生きがいにつながる。そういったことで総合的に課題に対応している。特定の目的に特化しているNPOでは出来ない。NPOは特定の目的と機能を持った組織である。地域を共同管理する一部の機能を持っている。日本ではコミュニティとNPOの仲が悪い。これが手を取れば大きい力になる。コミュニティはNPOの専門性が、NPOはコミュニティの資金と人材が欲しい。コミュニティは相互扶助システム、NPOは専門処理システム。今はこの二つのシステムの連携が必要になっている。

コミュニティの発展型

親交型コミュニティ

    ↓

課題解決型コミュニティ

    ↓

自治型コミュニティ

 コミュニティが今後どのように発展していくかというと、親交型コミュニティ(運動会など)⇒課題解決型コミュニティ(地域の掃除、安心安全など)⇒自治型コミュニティ。自治型コミュニティとはマイナスをプラスに変える対処療法ではなく、将来どうなりたいか目標を立ててそれに向かって前進していくこと。都市部では3つのパターンに当てはまらない。

 住民自治のまちづくりのプロセスは、場の文脈を共有・発見する。(地域を知る・気づく)⇒地域の課題の発見⇒合意の形成、まちづくり像の共有⇒協働の体制を組む⇒まちづくりのシナリオと行動計画の組み立て⇒まちづくりの実践と評価。これには行政のコーディネートが必要である。今までの行政は執行機関だったが、これからは政策立案機能を持たなくてはならない。

住民自治のまちづくりのプロセス

①場の文脈を共有・発見する(地域を知る・気づく)

②地域課題の発見

③合意の形成、まちづくり像の共有

④共治(協働)の体制を組む

⑤まちづくりのシナリオと行動計画の組立

⑥まちづくりの実践と評価

        ↑

  行政のコーディネート 

川根地区研修報告 http://icpc-imabari.jp/blog/?cat=12 

 安芸高田市の川根地区の調査をしているが、川根地区は人口600人で高齢化率53%。これだけの小さい場所でコミュニティが根付いている。この中に諮問機関がある。住民が行政に中学校跡地のリニューアルを提案して、エコミュージアム川根を3億円以上かけて造った。その他、川の整備、圃場整備などを行った。造ってもらった後は独立採算。川根は以前農協のふれあいマーケットがあったが、農協が撤退するときに集落で唯一のマーケットが無くなると大変だということで自分たちで経営しようとしたが、赤字の問題で非常にもめた。責任者の辻駒氏は自分たちがよそで3回買い物するうちの1回この店で買い物すれば赤字は出ない。このことは自分たちのまちを良くするために、自分たちに何が出来るかということ。今治市で考えても市民が都心が必要と思うならば何ができるか。ここでは竹で貯金箱を作り、1日1円の募金を募り、それを集めて75歳以上の独居老人に週に1度給食サービスを行う。また、柚子振興協議会も独立採算で経営している。人口減に対しては、住民が家の間取りを自分で設計して、建てて月3万円の家賃で20年間住めば払い下げできる方策を考えた。

川根地区はこの「お好み住宅」のように行政に提案すること、「ふれあいマーケット」のように自分たちが出資して経営すること、「エコミュージアム川根」のように自分たちが提案して、経営することの大きく3種類の事業を行っている。また、コミュニティバスを運行させるという話を聞くと、自分たちで運営すると提案し、行政から650万円を獲得し、行政では土日が運行できないところを毎日運行させている。この様に川根振興協議会がまちづくりのプラットフォームになっている。辻駒氏はまちづくりは、一部の人間が引っ張るだけではだめ。老人や障害者も出来る範囲で関わっていかなくてはならない。このような活動は、行政と住民の対話を十分に行わないとできない。信頼関係が出来てくると最初は要求だけしていた住民が、このままではいいまちづくりは出来ないと気づき、変わっていった。行政も住民の自治活動に年間4,200万円を支出し、辻駒氏を地域振興推進委員にして、ノウハウを広めていった。

 まちづくりの4段階

① 地道に調査する段階

② 自由に発想する段階

③ 慎重に計画する段階

④ 大胆に実行する段階

まちづくりの要諦はまず地域を知ることが重要である。そこで地元学を提唱したい。まちづくりには4段階があり、地道に調査する段階。自由に発想する段階。慎重に計画する段階。大胆に実行する段階という4段階がある。地元学とは自分たちが住む土地や生活を理解すること。どんな自然があるか。昔の人はどんな生活だったか。そこからあるものがたくさん見つかり町の良さがだんだん分かってくる。これを行うと自分たちの地域は知っていると反論されるが、こんなに地元の事を知らなかったとは驚いたとの結果が帰ってくる。今治においても大合併をしたからこそ、地域の事を学び眼差しを向けて欲しい。地元学によって地域、人、経済が元気になる。探し方は土の人―地元民だけでは固定観念が払拭できないので風の人―外部とが一緒に歩いて探す。調査は下手でもいいから自分たちで調べる。考えるだけではなく、創るスタンスが必要。あるものとあるものを組み合わせて新しいもの・こと・仕組みを創る。そうする事で地域への眼差しが出来て、どう楽しむかどう遊ぶか考える。テーマは水の行方、遊びなどたくさんある。内子町の長田地区では食の文化祭を開催し、1軒づつ昔の料理を作り、その中から地域の伝統料理を発掘し、現代に合うようにアレンジしていく。それをグリーンツーリズムの客に出すことが出来る。調べたものは、写真を貼ったり、マップを作ったり、地域資源カードの類の物を作る。内子の石畳地区の食べられる天ぷらの食材を調べ商品化したら、一番の人気になった。

 最初に述べたバランスのとれたCのことで、シビックプライドを持ちたいが、いきなりではなく、コミュニティプライドを持ち地域を良くしていくことで市全体を良くしていく。そこで初めて都市の顔である都心への気づきが出てくると思う。

 

まちなか(中心市街地)について

今は、まちの顔が無くなって来つつある。合併までは新居浜市の方が今治市より人口は多かったが、圧倒的に今治市の方が都市であった。市民に聞いたら、中心部にあった機能が郊外へ行き、車が利用できるようになったのだからいいではないかという声が多いが、中心部にあったのは商業機能だけではなく、文化機能もあったはず。これは商業施設では持てない。都市から文化がなくなれば都市の価値が無くなる。中心市街地が廃れた大きい原因は2つあり、スプロール現象がある。そこには土地利用制度の問題で、都市は用途地域が決められているので規制が厳しいが、郊外はこれがないので郊外に立地しやすい土地利用制度があった。次に都市政策では、マスタープランなくしてまちを造って行った。だから郊外に団地や道路が出来ていった。もうひとつは市民。都心を捨てたのは市民である。商業者ですら、店を残したまま郊外へ移転している。中心商店街の問題では当事者のやる気のなさ。リーダー不足とまちづくりの非協力。金沢の商店街では男性が活性化をしても良くならないということで女性がリーダーになって成功している。これもひとつのヒントになるかもしれない。商店街再生の最大の敵は大型店ではなくて、シャッターを下ろした地権者である。自分が今まで商売をしていたのにも関わらず、人に貸す時はより高く貸す。それによりパチンコ店などの遊技場しか進出出来なくなる。これは商店街の衰退の始まりである。空き店舗には高い固定資産税をかけるしかないのではないか。国が旧まちづくり3法と改正まちづくり3法を整備し、コンパクトシティを提唱しているが、遅きに失している感がある。欧米も郊外に立地が進み都心が廃れてきたので郊外の開発を禁止にした。トランジットモールで車の乗り入れを禁止している。それにより都心が再生してきている。路面電車を降りるとすぐに大きい広場があり、ファーマーズマーケットがあり、オープンカフェなど楽しい空間がある。今治も広小路を車両乗り入れ禁止にしてオープンカフェなどが出来ないものか。そこをまちの顔にすればいい。松山市を例に取ると、花園町をトランジットモールにすれば、高島屋~堀之内の導線が出来、堀の内に市民が関わるファーマーズマーケットを開けばいい。そこでは分別を徹底しそこから出た堆肥で農産物を作り、それを活用した料理を市民が食べるという様に循環のサイクルが出来る。

 郊外の開発が規制はされてきているが、規制は活性化の必要条件でしかない。

商業者、地権者、行政、住民の活性化への協働作業が十分条件である。市民の当事者意識があるかどうか。市民がまちの顔を作りたいという意識があるかどうか。商業者、地権者の役割はそこに都市の文化を根付かせるならばそれは私有財産ではなくて、公共財産だという自覚が必要。

 練馬区のきたまち商店街 http://www.kitamachi.or.jp/ でも大型店が出来るときに何かできないかと女性が立ち上がり、今まで商売が出来たのは地元の人たちのおかげなので、恩返しをしたいと、ミニデイサービス事業を行い、65歳以上の方が週2回昼食代500円で過ごせるような場所を創ったり、子育て支援事業で子育て世代が遊びに来れる場所を週3日開放した。それにより、地域の人が何を必要としているかわかってきた。最終的にNPOきたまち大家族が出来、大型店が進出しても商店街の客は減らなかった。商店街も公共財だという考えをこの事例から学ぶことができる。

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