Home > シビックプライドスクール > 第8回今治シビックプライドスクール開催報告

第8回今治シビックプライドスクール開催報告

 

「新たな協同の絆で地域の活性化を」

日時:平成22年3月16日(火)

午後6時30分~午後8時00分

場所:美須賀コミュニティプラザ

講師:愛媛大学社会連携推進機構教授

       村田 武

聴講者 26名

はじめに

 愛媛大学は四国中央市と今治市と宇和島市にサテライトを出しています。四国中央市と今治市は人員の配置をしておりません。昨年愛媛大学農学部を定年になり特命教員として残してもらい、地域担当で宇和島のサテライトとして連携協定を結んでいます。場所は市民に見えるように中心商店街のきさいやロードの袋町商店街に置いております。宇和島市は元々市民サービスセンターを置いており、商店街休みの木曜日と元日以外は各種証明書発行がそこで出来るようにしています。ここではコミュニティビジネスの立ち上げをバックアップしている。「真珠やかんきつから新商品は生まれないか」とか「農協食品部の女性が事業を起こすなら法人化しませんか」と中小企業中央会の専門家とつないだりしています。

 何故中心商店街で事業展開をしているかというと宇和島の商店街もシャッター通りとなってきています。ただローカルスーパーがあり地域の高齢者の生活を支えているのでまだ何とか頑張っています。ただし本屋は1軒もなく、映画館も最盛期8館あったのが無くなりました。南予の映画館は大洲にしかありません。地域から映画館が消えるのは文化が消えるということ。宇和島はかんきつや養殖で稼いだ所得が中心商店街で消費されて成り立っていました。航路もたくさんありましたが、航路縮小の中で「港町宇和島」とは誰も言いません。

 このような背景の中で一昨年旧西海町役場の2階,3階を愛南町が1億円で改修し、愛媛大学に無償貸与してくれました。そこに南予水産研究センターが立ち上がりました。今年の4月には農学部大学院が紙産業農学院として四国中央市に立ち上がります。このように愛媛大学の地域貢献はサブキャンパスを県下に配置していくことに重点を置いています。

これからは人材育成だということで2年間準備して平成24年度に愛媛大学宇和島自然学校を開校したいと思っています。地域の子どもに自然学習を体験させたい。場所は城南中学校と統合して廃校になる予定の宇和海中学校を考えています。

 今治との関わりは、まちづくり研究会(砂田会長)との事業で平成19年3月24日に「今治18万市民のまちづくり」というシンポジウムの中で今治のまちづくりを考えるという基調講演を行いました。新今治市の強みは豊な海、里、山であると。歴史・文化創造のまちづくり、人材育成のまちづくりが課題ではないかという中で今治にはどういった中心市街地が必要か。地域で生み出された所得は地域で生み出された物の商品に向かうのが望ましい。地域の小売業が地域の生産者によりよい商品を求める。それを通じて地域経済を底上げすることが重要です。そういったことで今治には中心市街地は必要だろうと思います。ただしかつての栄光の中心部である必要はありません。都市の中心部が賑わいを持ち、人々を引きつけるのはそこが華やかな商品の舞台であるからです。中心市街地に求められるのは商業機能の強化に加えて、遊び、学べる新しい生活文化都市として今治のまちづくりを象徴するものであるべきでなないかと思います。

 シンポジウムの前には新都市見直し市民委員会のメンバーとなりました。その後は大三島の安神山火災の復旧に愛媛大学農学部教授が取組み、平成18年10月に日本海岸林学会の中で山林火災と市民の森づくりで今治市大三島安神山火災と普及への市民参加という報告を行いました。また、しまなみの杜周辺エリア自然公園の利活用に関する研究で今治市が農学部に委託しました。自然と遊び、自然との共生を学ぶ今治市民の里山作りということで新都市の一番北の緑地公園のところにこういう公園がいいのではないかということで実験・体験ゾーン、里地・里山ゾーン、しまなみの杜自然学校という構想を提言しました。平成20年度からは今治市観光振興計画策定委員会の委員長を引き受けました。

 宇和島の中心商店街の活性化と並行して限界集落のことも考えています。このネーミングは良くないということで「ごっくん馬路村」の名付け親である松崎了三氏がギリギリランドにしようとしました。そして守りの姿勢から攻めの姿勢に転換して徹底して外から人を入れることを念頭にいきいき集落活性化事業で野村町惣川、大野が原、城川の窪野、明浜の高山を指定しました。国の補助金も使い集落応援隊を募集しました。東京のホテルオークラの総括責任者始め、神奈川など19人から応募があり書類選考、面接を経て3人を選び最低1年は住んでもらうことになりました。若い人に住んでもらい村の行事に参加してもらうことが重要だと思います。農村部の年金暮らしの高齢者が少しでも自分の作った野菜を運ぶ事が出来れば、少しでも収入の足しに出来ます。

 

1.なぜ、私たちの暮らしは苦しくなったか

  

(1)高度成長期につくられた労働者の生活保障システム

=ヨーロッパ型の福祉社会とは違い企業に依存して生活の安定を図る

 ・大企業の年功賃金と諸手当による直接賃金の上昇と企業の福利厚生に依存。

 ・労働者の大部分を占める中小企業労働者は直接賃金や福利厚生面でも大きく劣っていたが、日本経済が成長しているかぎり、大企業からの受注拡大で雇用は安定

(2)1990年代からこのシステムが機能停止

  1973年のオイルショックを契機に1バレル1ドルの安い原油を背景にした重厚長大型産業からの転換→しかし1985年のプラザ合意後の急激な円高で輸出企業は打撃→大企業が海外直接投資と外需依存を強め、自動車産業中心の経済構造に転換

 →国際競争に勝ち残るために国内工場の低コスト化圧力→企業収益を高めるための賃金抑制とリストラ・派遣労働者・外国人労働者依存を強行

   トヨタなどの大企業が「日本型多国籍企業」化(金属・機械工業の上位数10社が海外での生産も輸出も増やすために国際競争力の維持に全力をあげるための生産コストの引下げに躍起になった=下請け企業に対する取引条件、賃金など労働条件の引下げ圧力)

(3)90年代の度重なる景気対策による財政赤字膨張と小泉・竹中内閣の「構造改革」政策・規制緩和が、1億総中流から格差・貧困社会をつくりだし、内需を縮小させる方向に働いた。

 ・1999(平成11)年の派遣法改正で非正規労働者とワーキングプア・失業の激増

・2002(平成14)年度から毎年2,200億円の社会保障費抑制が始まり、国民に将来不安高まる

(4)個人消費の停滞と貧困率上昇

・内需の6割を占める個人消費(家計最終消費支出)が停滞

・内需の2割を占める民間設備投資がふるわなかった→地方からの企業撤退

・大規模小売店舗の出店規制緩和(1992年)による大型店の出店ラッシュ

  →商店街と地域商業の空洞化  

・バブル崩壊による地価下落→土地資産価値の継続的低下は、借入金で土地や住宅を購入した企業や家計にとっての債務負担増大

2.暮らしをどう立て直すか

(1)競争礼賛から共助・協同の政治への転換が求められる 

     (二宮尊徳の「報徳社仕法」に学ぶ)  

(2)「内需主導型経済」へ:まちづくりと地域産業起こし

  しかし内需主導といいながらアメリカがだめなら中国という外需依存のシフト

 ・新しい地域経済・国民生活再建の経済学の再興

①    食住に関わる文化型産業の振興(自動車や家電など機械系産業=文明型は国際的に共通機能をもちグローバル展開可能)

衣食住に関わる産業はもともと地域性、民族性に深い関係があり、国内生産が本来(地場産業といわれ、中小企業に支えられてきた産業)

②    農林水産業・地場産業の再生、豊かな地域内の経済循環による地域ごとの再生産構造(地域内産業の再構成)を立て直す

・  地方中核都市の中心市街地を、子育て世代と高齢者が安心して住めるまちづくり

・ 「地産・地商・地消」:中心商店街の再生が中心市街地の再生には必要

   それには商業機能だけでは商店街の再生は不可能。拠点性が持てない。郊外店の隆盛も原因。例えばJA越智今治のさいさいきて屋や直売所の売上高では全国でトップ3くらい。こういった店舗のサテライト店を商店街に誘致すれば中心部の高齢者が安心して食料品、惣菜類を買える。安心して暮らせる

  松山では大街道と銀天街の交差するところに「ぎんこい市場」をオープンし地域高齢者を支えている

・中心市街地の中での拠点としての商店街の位置付をどうするか

小中学校の統廃合問題→高齢者施設と教育施設の一体・・・京都 御池中学校

施設を分散させないで多様な世代を1か所に集める

人口5万人~10万人の小規模の都市の中心市街地はコンパクトでないといけない

   市役所、公民館、市民病院、図書館などを集約すれば、用が無くても商店街に人が通る

・  教育・文化:生涯学習と地域に文化を=人材・次世代の育成を東京任せにしない(掛川市生涯学習都市宣言に学ぶ)二宮尊徳の精神をまちづくりの方針に掲げている

街格をつくりながら人材育成し市民の新しい文化を作ろう→知の拠点

今治が生み出した世界的な建築家丹下健三を活かす

都市デザインを中心にした大学院を大丸跡地に創設(先端技術大学院 奈良と石川)定員1学年10人程度→若い学生を中心部に呼ばないといけない

 

 

 

おわりに

 

港だけでは広域今治を扶養させることはできない

 ・フランスの港町「ナント」の再興

  製鉄、造船業で栄えたが停滞→交通の要衝から文化都市へとシフト ナント大学、ナント大聖堂

 

  今治が四国5番目の都市としてどうするか。港町神戸でさえ今は「みなとまち」とは言わない 元町等新しい商業文化が支えている 今治も港町にこだわらず自由な発想で考えてみては

  日本は政治が生活の中に入ってない もっと政治と文化を生活の中に取り入れることが重要

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:0

Trackback URL for this entry
http://icpc-imabari.jp/blog/wp-trackback.php?p=1530
Listed below are links to weblogs that reference
第8回今治シビックプライドスクール開催報告 from ICPC今治

Home > シビックプライドスクール > 第8回今治シビックプライドスクール開催報告

Search
Feeds
Meta

Return to page top