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第6回今治シビックプライドスクール開催報告

「都市再生における建築の役割」

 

日時:平成22年2月26日(金)

午後6時30分~午後8時00分

場所:美須賀コミュニティプラザ

講師:東京大学生産技術研究所

   講師 太田浩史

1 イントロダクション

  私は東京育ちですが、今治は何度も訪れ、準市民みたいに思っています。

  都市再生の事例を紹介していきますが、 二つのことを述べて行きたいと思います。一つは建築が大事だということ。もう一つは楽しさが大事だと思っています。今は日本全体に沈んだ気持ちがあると思いますが、それをどうやって明るさを見つけて行こうかと考えております。

  【世界の都市の分布を視覚化したものをムービーで紹介】

   10万人を1階建てのビルとして立体的に表現。東京だと120階建てのビルに相当。全体を4楽章に分けて人口増加を表しています。1日に人口が14万人増えています。1週間では100万人都市人口が増えています。第2楽章は飛行機の航路をムンバイからフランクフルトまで表しています。ヨーロッパは10万20万人クラスの都市が多く分布しています。次は空港のネットワークです。ロンドンに線が多く伸びて、ハブになっている状況を示します。ヨーロッパの中でもイギリス、ドイツ、オランダのような工業国はスペイン、フランスなどとは違う人口分布になっています。このムービーは5人で制作し、私が主に脚本やディレクションを行いました。

   21世紀になって世界の人口の内、都市人口が半分を占めるようになり、残りの半分が農村人口だと言われています。20世紀初頭は16億人の内、都市人口は2億人でした。人口分布をみますと、人口50万人以下の都市に住む人の割合が非常に高いです。世界的に人口20万クラスの都市が実験性、多様性を担っていると言えます。都市が嫌いと言われる方もいますが、都市が問題を作り、同時にサービスと提供し、また、貧困を救う面も持っています。

そういった事を考えて、世界の都市を見て回ろうと年間20都市くらいを回り始めたのが東大都市再生センターの研究員の頃です。世界の都市の事例を紹介している場が無かったので、2007年には世界の都市100選という本を作り、丸の内の地下で展示をしました。

2 世界の都市再生の事例紹介

  EUでは都市再生が政策として大きな位置を占めています。ヨーロッパは都市再生と地方分権が密接に関わっているのでうまく行きます。フランスのボルドーはトラムを敷設し、歩行者天国をたくさん作りました。イギリスのブラッドフォードは映像を作り、映画館や学校で流して市民の気持ちを前向きにして都市再生を進めました。都市再生は開発が第一では無くて、イギリスは教育や思想改革を行いました。社会的弱者にも都市再生の構成員ですよと自負心を育てました。アイルランドのダブリンも興味を引く映像で市民との情報共有と聴衆を集めることに力を入れました。コロンビアのメディジンは麻薬の取り引きが横行して、悪名高い街でしたが、若い市長が改革して誘拐が年間3,000件あったのが300件まで激減しました。密集市街地で道路が作れないので、ケーブルカーを引いて貧困地区の交通網を整備しました。その駅に公共広場を作り、図書館を作り、教育の街へ変貌を遂げました。都市再生は、教育や、マイノリティーの解決や雇用創出などと密接に繋がります。

3 都市再生における建築の役割

 1 Acupuncture  ―場所に力を与え、都市空間を再編する  都市のつぼを押さえ活性化させる    バーミンガム、コペンハーゲン、バルセロナなど

 〈バーミンガムの事例〉

   イギリス産業革命発祥の地でイギリス有数の工業都市でした。それによりドイツ軍の爆撃を受けて戦後モダニズムの都市計画が実現されて高速道路の建設により街が分断されました。車全盛の交通でバラバラになった都市構造をつなぎ直そうと街づくりを始めました。市がマスタープランを作り、20年をかけて公共空間を中心に歩行者専用道でつないでいきます。端と端にはショッピングセンターを作り、回遊できるようにしました。建築もネットワークに会った建築配置計画になっています。場所によって、年代も、建築家も違っていても計画通りに進められています。街を作るのは時間もかかりますが、意図は受け継がれて行っています。

 コペンハーゲンのストロイエ(歩行者天国)事例

   車中心の街になって、駐車場で埋め尽くされてきた。これは人間的ではないということで1962年から歩行者空間を大事にしようとする取り組みが始められました。

  公共空間の重要性をコペンハーゲン大学教授が30年以上調査し市に提言してきました。この調査はメルボルン、アデレード、ニューヨークなどの公共空間に影響を与えました。

 バルセロナの事例

   1980年代から中心市街地の密集地帯をネットワークでつなごうとしました。各施設に特徴を持たせ、例えばマーケットは平日の午前の建物で、オペラ座は週末の午後の建物という風にです。大きい広場がありますが、これはかつて非常に密集していた街区でした。これを壊して、パブリックスペースを作りました。風通しを良くして、場所場所をつないでいく手法です。

2 Modality   ―様相    都市に景観や動きを与える  ニューカッスルゲーツヘッド、リヨンなど  

  

ナントの事例

  都市に全然違うスケールを出現させて、皆が参加できる仕掛けが重要だと考えます。ロワイヤル・ド・リュクス劇団ですが、 私は彼らがパブリックアーどの世界一だと思っていますが、昨年の10月にベルリンでデビューしたとき街が別のスケールに見えました。高さ5mの巨大な女の子と14mの象の人形が街を練り歩く光景に圧倒されました。作ったのはフランスのナント市です。人口20万ほどですが、これが世界のコンテンツとなっています。また、熱狂の日々というコンサートも開発し、ビルバオや金沢にも出しています。文化を作って、世界に売っていくという仕掛けは文化で生きていこうという街には重要です。

ニューカッスルゲイツヘッドの事例

  かつては軍艦の4分の1を造っていたほどの工業都市でしたが70年代くらいから大変な不況に見舞われて、失業率も25パーセントを超え、栄光が失われて行きました。そこで重工業を捨てて文化で再生しようとしました。エンジェル・オブ・ノースを作って変化が表れました。最初は市民の7割が反対しました。市民に重要性を解ってもらうために、様々なワークショップを行いました。学校に広める活動もしました。

 彫刻家は失われた二つの街の産業を象徴したかったそうです。造船の技術を使って造船所で皆で作りました。また炭鉱でも栄えていましたので、その炭鉱の跡地に建てようとしました。この二つのシンボルがシビックプライドだということに市民も気づき始め、高さ20m、幅54mの巨大な像が出来た瞬間に賛成が7割になりました。炭鉱跡地は風の強い所で、エンジェルがその強い風を両手で受け止めていることを逆境に負けないという態度になるほどそういうことだったのかと気づきました。エンジェルが出来てから3つのプロジェクトが出来ました。使われなくなったサイロを美術館に改装したり、ミレニアムブリッジを作り、音楽ホールが出来ました。ブリッジは船が来ると橋が傾いて航行できるようになります。この光景見たさに全英から見学者が訪れます。

イギリスでは建設から竣工までをデリバリーと呼びます。図面に描いたものをユーザーに届けます。やはり自分の街に橋が届けられたら忘れられないと思います。市内45万人の内6万人が見たと言われています。公共建築はどうしてこういうことをしないのかと思います。個人の建物みたいに街が上棟式をして、施主と施工業者がもっとコミュニケーションを図ればいいと思います。

この3つの建築だけではなく、文化プログラムも併せて作り、ミレニアムブリッジで花火を打ち上げたり、造船所跡地で映画を観賞したり、その文化的な事がどうして大事なのかをニューカッスル大学の教授が調査しとところ、ほとんどの人が街のイメージが上がったと答え、若者が芸術の才能を伸ばす機会が増えたとの回答が出ました。

 リヨンの事例

    フランス第2の都市で商業が発達しています。織機を発明して世界に売り出した。1997年には世界遺産登録されましたが、同時に街中のライトアップを仕掛けていきました。リヨン出身で映画の生みの親と言われるリュミエール兄弟がおります。1852年12月8日、フルヴィエールの聖堂に設置されたマリア像を市民が光で祝ったことから、12月8日の伝説として、また兄弟の出身地であることから光=リュミエールの都市とし光のマスタープランを作りました。5年間で公共の建物16か所、民間の建物79か所をライトアップしました。そして、12月8日から4日間「光の祭典」を開催し街の証明に関するパブリックアートをあちこちで繰り広げます。ヨーロッパの冬は長く寒いので娯楽を求めて、このイベントに2004年度は400万人が訪れました。この光の計画により、新たな産業の創生も生まれました。アーチストに変わった光の使い方を提案させようということでそこで技術開発が行われました。その技術を世界に売って国際照明都市連盟を作り、リヨンは永久議長市になっています。都市の魅力を活かしてテーマを持って都市再生することで雇用をも生み出す好例と言えます。

3 Civic Pride         

    一番の例がシドニーのオペラハウスで、一つの建築が都市を表現して、あるいは国の顔になるくらいのインパクトです。イタリアの港湾都市ジェノバですが、ベネチアと覇権を争い17世紀全盛を誇りましたが、港が発展することで施設によって、海が遠くなり、街が分断され19世紀に産業を失いました。そこで銀座のメゾン・エルメスや関西国際空港でも有名な建築家のレント・ピアノが港と街の結びつきを取り戻そうと高速道路を埋める計画を立てました。結果的に一部しか埋めることができませんでしたが、再び街と港をつなぐことが出来ました。また、木綿倉庫を国際展示場にリノベーションしました。もう一つのシンボル的なもので起重機の「Bigo」があります。これは船のマストをイメージしたものです。かつてジェノバの港にたくさん寄港していた船をもう一度現代建築で表現しようとしました。これがジェノバの心だと。まさにシビックプライドだと思います。これらの建築をネットワークでつなぎハーモニーが生まれ、他都市に波及しました。ジェノバも最初にボルチモアの港再生にヒントを得、その後、ベルリンやハンブルグに伝わりました。この様に都市の再生はよそを真似して自分のものにしています。それには事例を知っていることが重要です。

今治は建築の街だと思います。丹下建築が多数あり、伊藤ミュージアムの建築が予定されたりしていますが、大事なのは建築そのものよりもそれらがどうハーモニーを奏でるか。場所と場所の血行をどう良くするか。みなと再生の時も、港だけではなく、広い範囲で描いていたと思いますが、市役所と港の連携、商店街と港の連携、今治城との連携。すべて含めて考えないと行けません。

   4 今後考えていること

    今治市と繋がりが出来て港湾都市というものを考えまして、港湾都市だから難しい事があると思います。特に中小都市の港湾はどうすべきか。これは今治だけの問題ではなく港湾都市同士がどういうネットワークを持ってやり方を学んでいくか、都市間競争ではなく、都市間協力をどうするかを考えると、バルト海や黒海沿岸には港湾都市連合があって、私は地中海港湾都市アライアンス研究で地中海の港湾都市にはどこにでも行くことができます。東大でジェノバ、パレルモン、ナポリの港湾都市連携を研究していて、港湾都市ならではの都市間協力を考えると今治ー尾道間も考えられますし、鞆の浦や呉など瀬戸内港湾都市ネットワークがあってもいいのではないかと思います。そのことを横浜市立大の鈴木伸治教授や神戸大の槻橋教授と考えています。

    都市再生における建築は都市がオーケストラだとすると打楽器くらいだと思っています。ソリストではなくて、リズムを作りながらたまに大きい音を鳴らすくらいがいいと思います。木管楽器が人間であったり食べ物であったり、建築は他の楽器の旋律を知らないで音量を間違えてはいけないと思います。いずれにしても建築がない都市は面白くないということです。

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