地域再生実践塾 報告⑤

昨日に続いて、パネルディスカッションのお話と、次の日に訪れた視察とを合わせて報告します。日比野純一氏(NPO法人たかとりコミュニティセンター専務理事)さんのお話は『地域実践と専門性による多文化なまちづくり』です。

 

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長田区にいる外国人は全体の8%で多文化な街を形成しています。

日本全体で見てみると15年間で日本にいる外国人は2倍。右肩あがりの状態が続いています。

ベトナム戦争で難民となったボーとピープルのうち1000人ぐらいが長田に集まりコミュニティーを形成しました。この鷹取協会はベトナム人コミュニティーの中心となっています。

 

地域で多文化共生に取り組むとは⇒総論賛成。各論反対からの出発。頭で理解しても体がついていかない⇒小さな取組を積み重ねていくしかない。

いろんな考え方の人が入ってくるのはやっかいなこと。しかし地域社会の中にも異端の人はいるもの。異端どうしつながりができていく。

 

1.外国人コミュニティーの基盤強化

2.それを支えるNPO活動の拡充

3.地域住民とともにまちづくり

       ↓

自助+支援+交流=多文化共生

 

同じ地域に住む人を仲間としてとらえられるか・・・地域のまつりに参加し、ベトナム料理の店を出すことによって理解を広めていった。

外国人が住むことをマイナスととらえがちだが、それをどうプラスにもっていけるかが勝負。

10年前新長田をどうゆう街にしていくか?という話し合いの場でアジアタウンと提唱すると、総論賛成。各論反対だったが、地道な活動を続けた結果今はアジアワールドという形で展開しようとしている。

 

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カトリックたかとり教会

 

たかとりコミュニティーセンターの出発点は震災の時に出来た支援基地が元となっています。

 

鷹取協会も震災で崩壊したが、教会を救援の場として開放し《たかとり教会救援基地》が出来た。その後《たかとり救援基地》と名称を変え救援活動をおこなってきています。

 

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の写真が震災後1年のたかとり救援基地

下の写真が震災後4年のたかとり救援基地

この写真の団体が今でもこの教会に入っています。ここで成功しノウハウを持って外部にいくこともあり、現在では8つの団体がネットワークを組んでセンターを構成しています。

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10ヶ国語の言語がとびかうFMわぃわぃ

 

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震災後建てられた紙でできた仮設協会ペーパードームの縮尺模型

 

助成金比率は10%ぐらいで、翻訳などの仕事で稼いでいるところは稼いでいる。そのお金を稼いでいないところにまわし、活動を続けている。

 

 

国籍・世代・性別などの違いを超えた多文化なまちづくりは『①孤立の解消 ②コミュニティーへの参画 ③コミュニティー同士のつながり』となっていく。

日比野さんはとにかく長田が大事とおしゃっていました。目標を100とするとやっと3分の1ぐらいの所だとも言っていました。

震災後からの仲間は4,5人ぐらいいて目標を共有する努力をしている。

その共有こそが一番大事といっていました。

これからの目標を聞いてみると、地域地域の問題を社会全体で解決していく形ができればそれを世策に反映していきたい。この中から学者を輩出しアカデミズムの分野に出していけないかを考えていると教えてくれました。