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シビックプライドスクール Archive

今治シビックプライドスクール 第6回

 

―第2期 みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか― 

                    【まちの空洞化・砂漠化を考える】

地域住民の力をまちづくりに

日時:平成23年2月2日(水)

午後7時00分~午後9時00分

場所:今治中央住民センター

講師:特定非営利活動法人代表理事 前田 眞

まちづくりは誰が担うのか。少し前までは行政が担うと考えられていたが、これからは住民参加ではなくて、行政参加になるべきである。まちづくりに関しては、出来るだけ自分たちで決めていこうとすること。行政サービスでどれだけのことが賄えるかというと、サービスが受けれない部分も出てくる。そこを自分たちでカバーしないといけない。行政の基準を設けたサービスでは限界があるので、住民が状況に合わせて合意が出来たらサービスすることが出来る。

 ホームレスを助けようと派遣村を用意したときも、行政はすぐに出来なかった。NPOなどが中心に立ち上げて後から行政が制度を作った。

 何とかしたいという思いが色々なところで起こらないと自分たちの生活はなかなか良くならない。知恵を出す・汗をかく・金を出す 得意分野を活かして自分に出来ることから始めることが必要。それが公益につながるものなら行政も支援しなければいけない。個人でいくら情熱を持っていても続かないので、サポートする組織がいる。社会的な貢献がしたいと思った時に、今回シビックプライドスクールで学んだことを自分の資産を使って、何をすればいいか見えて来ないといけない。何をすべきか目標が見えたとき、周りに表明しないといけない。情報発信したら、賛同者が出てくる。そういったことが出てくると皆さんがここで勉強していることが活きるし、今治が元気になることに繋がっていく。

社会問題化する地域の生活課題

自分たちが抱える地域の課題がどうすれば社会全体として広がるか。例えば

・高齢者の安否確認

・虐待

・孤独死

・子育て支援など

これら地域で取り組む必要のある課題解決や制度の狭間で苦しんでいる人への支援などを自分たちがやっていこうとする。

まちづくりでは、集客を図り、にぎわいをどう作っていくか⇒成功すると活性化し、ビジネスチャンスが増える。それらを皆で解決するためにお金を出し合って作った会社が「まちづくり松山」それが、社会に公益をもたらすと、行政が支援して、第3セクターになったりする。

まちづくり活動の新しい役割

・現行の仕組みでは対応しきれない多様な生活課題への対応

・地域住民のつながりを再構築し、支えあう体制を構築する

・住民と行政の協働による住みやすい地域の実現

 愛媛県ではゼロ予算制度といい、資金の支援はしないが人的支援を行っている。

自主財源を持てば、制度にしばられず行うことができる。公だと使途を限定されたりする。また、主体的な役割を持つ人がたくさん現れないといけない。

生活課題に対応する仕組み

・自立した個人が主体的に関わりあう

 →新たな支えあい(共助)

・地域に住民と行政等が補完・協力する

 →新たな公共

・営利セクター、行政、非営利セクターの協働

 →もう一つの新たな公共

 企業の得意分野、市民の得意分野が合わさると組織が出来維持していくことができる。

ソーシャルキャピタル

・社会関係資本(ハード)から人間関係資本へ

  つながりが輻輳している社会を増やしていくと、課題の発生が抑えられる。そうい

  う価値観が見直されてきている。

  ⇒そうするためには、人々の共感力を高め、一人一人の尊顔を大切にする。

   情報発信を行う。目的を明確にする。まち歩きをする時にもはっきりさせてどうす

   ればまちが良くなるかを見極めないと歩くだけのイベントになってしまう。

住民活動の可能性

・実際の体験に基づく問題解決能力を高める

・施策や制度化されていない社会問題にいち早く反応し、解決の仕組みをつくる

・人々がそれぞれの得意技を出し合い、やりくりして問題に対応する知恵を育む

 

協働型まちづくりに向けて

「目的と目標づくり」

◆目的と目標を共有すること

 →積み上げ型(目の前にあることから積み上げていく、集約する)

 →課題対応型(目の前にある課題を解決する)

 →公共事業対応型(始まった公共事業にどう関わっていくか)

◆行政が求めているものと地域が求めているものについて、共通している部分と相違している部分を理解すること 目的を共有して、行政と対等の立場で議論する必要がある。

「優先順位」

優先順位を決めるには、ものさしが必要

 決めるのは自分たち

・緊急性

・共感の得られやすさ

・解決のしやすさ

・新規性・モデル性(行政的)

 

「協働依存から自立へ」

・官は基準で動かざるを得ない

・民は、状況で動くことができる

・両者を補い合い、依存から自立へ

まちづくりを行う時には、仲間を作ってもらいたい。そのためには自分のことを発信しなければならない。また、大きい目標を共有しないといけない。それが様々な困難を乗り越える最後の砦になる。大きい目標の中で活動すれば、一つの方向性を持った活動がたくさん起こる。

今治シビックプライドスクール 第5回

 

―第2期 みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか― 

                    【まちの空洞化・砂漠化を考える】

協調型合意形成と小松島みなとまちづくり

日時:平成23年1月18日(火)

午後7時00分~午後9時00分

場所:今治中央住民センター

講師:徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部 山中 英生教授

協調型合意形成

 交渉学では協調型の合意形成とアメリカのメディエーションを研究している。地域は独自性を持つことが大事だと言われてきたが、それを自分たちで考え出すことに向かっていった次に協働概念がある。物事を決めるときに、委員会やワークショップ形式で話し合うことがあるが、民主的(皆が納得する決め方)に物事を決めるのにいくつかの方法がある。

・投票による多数決・・・直接民主主義

・くじ引き・・・・・・・機会均等

・専門家による提案・・・技術最適化

・リーダーに任せる・・・大統領 信任された独裁

・代表を選んで交渉・・・代議員 間接民主主義

全て民主的だが一長一短ある。カリフォルニア大の教授がコミュニケーティングプランニングを説明しているが、横軸に要求の程度、縦軸に納得する度合いを表した表があるが、戦後間もない頃のように、解決するべき様々な要求があるときは、政治的な手法でリーダーに任せた方が相反しない。ある程度整備されてくると、専門家が提案しなければならないようになる。更に二分するような状況では、運動などにより解決することがある。さらに要求が細分化されるとお互いが納得するまで話し合うことでしか解決できない。

 図書館の言い争い(利害に基づく交渉の例)

・ 図書館の言い争い
・ 一人の学生は窓を開けたい。
・ もう一人の学生は窓を閉めてほしい。
・ 司書は「どうして?」と聞く
・ 前者の理由は「暑いから」
・ 後者の理由は「風で本のページがめくれるから」
・ 司書は隣の部屋に行って窓を開けて、風が吹き込まないで、換気できるようにした。
立場: 「窓の開閉」
利害: 「換気と風吹き込み」・一人の学生は窓を開けたい「暑いから」

交渉学では、争っていることに着目しないで、理由に着目すればうまくいく場合がある。

協調的合意を成功させる3つの要素

1 手続き

  決める前に聞く、関与者特定、問題の把握、代替案の審議、評価と選択

2 利害や関心に着目

  立場だけ主張しても合意できない。背景にある利害関係に着目。多様な利害を組み合わせた方が合意できる。

3 中立な人の関与

  中立的な人が話し合いを促進する。創造的な代替案の作成

 社会的な合意形成のプロセス

・利害関係者を探す

・手順を作る。役割を決める。話し合いの議題を並べる。 

・話し合い  集団的な合意

・決定    社会的裁定、決定

・実行と監視 

交渉・調停の理論 

・ハーバード流交渉学が最初

・立場の背後にある理由・根拠

  何故を繰り返し考えることで利害に到達する。

・立場・状態を示す yes,noが出る

ファシリテートは何をするか

 アメリカでは中立的な人材が雇われ、全員の意見が一致するまで調整する。これをメディエーターという。

・会議の目的、目標を伝える

・雰囲気作り、場作り

・意見の理解を支援する

・「決める」ための支援

・プロセスをつくる

利害に着目し話し合っていくと全員の考えが一致することが起こる。日本はほとんどこれを行ってきている。アメリカは日本の労使交渉や昔の集落の合意形成を調べて学問にした。それが日本に持ち込まれた。 

小松島港のみなとまちづくり

小松島港は徳島県の海の玄関として発展したが、高速道路の整備や、明石海峡大橋の開通などで、航路が廃止になり、旅客機能が無くなった。県の土地に南海フェリーが建てたターミナルビルが残ったが、条例改正など複雑な行政間調整が必要だった。漁協や港湾関係者の利害調整などの課題があり、アイデアは出すが実施主体が不明など問題が起こった。

 1年目に市民を集めて港をどうするか5回のワークショップを行った。レストラン、ヨットハーバーなどアイデアは出たが実施主体の段階で止まってしまった。本来なら行政が予算を付けて事業化していくのだが、小松島は財源不足で出来なかった。県の港湾の条例を変えるための目的も決まっていなかった。

そこでPCM(プロジェクト サイクル マネジメント)手法を導入して土曜日の2回だけ1ヶ月「小松島港PCM」を行った。参加者はWS参加者、国、県、市の港湾担当者など。フェリーターミナルの利用法が決まらない中で突破力のある人がいないと出来ない、条例を変えるために手続きを踏んでいたのではなかなか進まないとのことで、実験をしていこうということになった。それで市も徐々に協力するようになった。

 状況を打開するために小松島港利用企画調査委員会が立ち上げられ、A:フェリーターミナルの市民による公共利用案とB:フリーマーケット等のイベント開催による地域振興案が出てAB折衷案で確認。実施主体としてNPO法人を立ち上げターミナルビルの管理とイベントの運営を行った。市主導ではなく、有志を募って、独自で「fantasyharborこまつしま」設立。市の緊急雇用の助成金で三人の女性の雇用も確保できた。その女性の発案でフリーマーケットを行い、1棚500円で貸し出しを始めたら、人気が出て180棚まで増え、抽選会も行われるようになった。現在は1棚1,500円と売り上げの1割を徴収している。物産展では農産品を委託販売している。カフェも利益は多くはないが維持している。店舗以外では、港で栄えたまちだから港のイメージを大事にしないといけないということでヨットハーバーを整備し、法的には違法状態だが社会実験として、ヨットの寄港を行った。高齢者にとっては、出会いや別れがある郷愁があふれる大事な港との思い入れが強い。そのような事が認識され、古い写真を集めて展示した。懐かしさから訪れた人も少なくなかった。何かしたいという市民も現れ、入れ替わりもあった。ボードデッキでの「うまいもんいち」や、婚活イベントなども開催した。

 集客は平成12年度にほとんど0だったのが、平成21年度は約13万人が訪れた。ところが、議会では、港が活性化に繋がっているのかという声も聞かれているので説明する必要がある。最初は市から500万円の補助金が出ていたが、議会では0にしようとの議決も出たりして、現在は300万円になっている。他はフリーマーケットの収入が3千万円ほどあり、何とか維持している。建物は市が維持管理を行い、NPOは運営の委託を受けている。農家が農産品を持ち込んだり、業者が持ち込んだり、サークルに部屋を会議室として貸し出している。また、高校生とボランティア協定を結び証明書を発行している。

 持続的な地域づくりの持つべき要素とは、資源 地域に存在する価値の発見、しくみ 資源を種にかえる「足りないもの、必要なもの」、社会性 人々が大切と感じること 

 

寄り沿い(協働)NPOの課題

 ■思いが集まる場でリーダーが不在

  ファシリテーター型リーダーで機能するのか

 ■成功と評価は誰のものか

  事務局長は市の補助金で雇用され、一人で何人役もこなしたが、多忙を極め辞めてしまった。現在も候補者を探すのに苦労している。

 ■行政との関係は

  自立させるためには、どういう形で連携できるか話し合って、何を目指すか再構築する必要がある。

今治シビックプライドスクール 第4回

  

―第2期 みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか― 

                    【まちの空洞化・砂漠化を考える】

生き続けられる都市へ

日時:平成22年12月6日(月)

   午後7時00分~午後9時00分

場所:今治中央住民センター

講師:名城大学都市情報学部教授 海道 清信

持続可能な都市(サスティナブルシティ)にするためには、環境、経済、社会の要素がバランスよく保たれる必要がある。支えるものとして、ハードウエアとしては、都市空間。ソフトウエアとしては都市経営がある。これらが機能すればうまくいくのではないか。1980年代末にリオサミットで世界的に地球全体を考える時、持続可能性が重要であるとの国際的な合意が出来た。この時の持続可能の定義は「今の世代に必要な自然、エネルギーを使い過ぎて次の世代が使えなくなることがないようにするということ」だった。しかし現在は意味合いが変わってきている。 

 これからを考える時、「生き続けられる都市とは何か」をまず人口がどうなっているかということから考えてみます。前回の国勢調査をもとに国立社会保障・人口問題研究所の作成したデータを元に見ると、現在愛媛県は142万人の人口があるが、、2035年には112万人と30万人も減るという予測がある。今治市は11万9千人・松山市は45万6千人。これは、国勢調査を元に2000年から2005年の年齢階層別の人口の変化と20歳~40歳の女性が産む子どもの数を計算して、さらに死亡数、異動を考えて導き出しています。今治市と松山市を比べると松山の方が減り方が緩やかである。全国的な流れとして大都市ほど予測より減少が緩やかで、地方に行くほど予測より急減している。

今治市を年齢階層別に見ると、も高齢者の比率が増えてくる。人口の多い団塊の世代が急激に高齢化するためで20年間でこれをどう乗り切るかが問題となってくる。出生数が増えても急激な増加は見込めないし、人口構成も変わらない。また、単独世帯が増え、核家族は減少、世帯規模の縮小へと向かう。ひとり世帯か夫婦のみの世帯が60%を占める。

  100年間で日本の人口は3倍に増えて、今一番多い状態だが、今後100年で3分の1に減るという予測がある。各県別に見ると、1960年~80年くらいは愛媛を含め、人口増加の県が多かったが、90年代からは減少する県が増えてきている。これからは人口増加を前提にしたまちづくりから転換しなくてはいけない。

  都市は形成期、成長期、成熟期、停滞期というサイクルがあるが、停滞期からどう再生するかを考える必要がある。人口の面で見ず、経済や精神的な面でとらえる必要がある。これらを悲観的に捉えないで、都市の魅力、価値、持続力を高め、生活と空間の質をどう維持するか考える必要がある。

  

今治市の人口減少による都市空間変化予想では2005年のDID(人口集中地区)は6万5千人でそれ以外が10万9千人住んでいる。2035年,人口減少は避けられないので人口比率をどうするのか。AのDID人口が同じだとすると郊外人口が半分程度になってしまう。これは都市集中コンパクト型。Bは人口比率を変えないままDIDも変えていく姿。CはDIDを維持したまま人口減少を招く形。その際30%は空き地の状態ができる。どの都市を描くかによって都市の様相は変わってくる。

  ドイツのシュリンキングシティ(縮小する都市)では人口が減少していく小さくなるまちづくりを行っている。具体的には、取り壊し・減築、建築文化上価値のある建造物の修復、都市機能を変化した社会状況に合わせること。取り壊し・減築により生まれた空間は、生活環境の改善のために活かす。多くの空家を抱える地方自治体が補助金を受けるための最も重要な前提条件は、総合的な都市発展のためのマスタープランの策定であった。

ライプチヒは旧東ドイツの大都市で工業都市として栄えていたが、人口減少が進んでいく中でこうした変化を受け入れて都市計画を行っていこうと居住、商業で郊外よりも都市部の魅力を高めている。ヨーロッパの都市との連携といったことで投資を呼び込むことを実施した。  

同じくドイツのコトブスでは人口減少予測に基づき、地区の都市改造による都市発展のチャンスをとらえた。2002年:都市改造に向けた積極的な検討・都市改造コンセプトの決定を行い2つの戦略-都心部の価値向上+9000戸の住宅取り壊しによる外部から内部への縮小を目指した。2020年:人口減尐予測に基づき4000戸の住宅の取り壊しを行った。

  ドイツでの衰退都市の対応策

1.緊密な都市連携。地域間協力による地域連携

2.周辺地域の基礎インフラを確保し「中心地」と「分散型集中」

3.地区レベルにおいて、都市改造区域を明示

4.都市拡張から管理された形での撤退する考え方へ

5.市街地を農地や緑地に戻していくリゾーニング

6.風景計画あるいはオープンスペース計画が重要な役割

7.公共交通、エネルギー、コンパクト都市、インフラコストなどに着目したダウンサイジング

8.産業跡地の再生あるいは暫定利用

9.低密度化とオープンスペースを持ったインナーシティーの高質な住宅

10.新タイプの都市型居住、多様なライフスタイルに応えられるコミュニティーのブランド化

11.商業、サービス、ぶんか、通信機能など多様な魅力のインナーシティ強化

12.高齢化などの危機を都市再構成のチャンスに活かす

13.自治体、プランナー、企業、地権者、住民との新たなパートナーシップ

14.問題エリアの改善プログラム等社会問題と結びついた都市改善

15.衰退と成長のモニタリングによる状況変化に柔軟に対応できる仕組み

16.都市改善のプロセスに住民、市民が参加、計画作成、体験する仕組み

等が挙げられています。

   商店街の自己評価 全国の商店街にアンケートをした結果、良くなってきていると答えたのは6.4%のみで3分の2は衰退していると答えている。中心市街地は「顔」以上の役割がある。自慢できる、快適な生活ができる。外からやって来たくなる、モータリゼーションに頼らないエコな生活ができる、創造産業が発展するなど多くの役割がある。都市の魅力は居住と就業だけでなく、第3の場所=パブリックスペースが賑わってこそ都市の魅力がある。

 都市の魅力はJ・ジェイコブスの「アメリカ大都市の死と生」によれば、『多様性と人間スケールの空間で繰り広げられる密度の濃い生活』であり、『美しい都市、そこにしかない都市、住んで快適な都市、文化を享受できる都市、多様な価値観を受け入れてくれる都市、こうした都市は持続的な地域経済にとっても重要な要素』と言っている。近代都市計画は区分わけして、しかも車前提で拡大している。

  中心市街地活性化策の発展 まちづくり3法で90くらいの活性化政策が認定されたがうまいこといっていない。その理由は商業振興、不動産の所有・利用の個別一体、駐車場整備、ワンパターンの空間デザインなどを行っていることなどが挙げられる。これからは商業振興と基盤整備を転換しなければならない。多様な機能、地域特性による対応、魅力ある商品・サービスの提供、公共の意識・不動産経営に徹するなど全体を良くする姿勢が大事。

 

イギリスのバーミンガムの都心再生は、かつての産業都市の活性化に連続した歩行者空間とその周りに国際会議場、図書館等点と点を連続して結び動線を作った。都心再生(リングロードの内側の800ha):再生事業の成功の始まりは、ニューストリート駅からキャナルサイドまで連続した歩行者空間の形成とその周辺の一体開発である。90年代後半から、既存の建物の改修や、商業、オフィス、飲食店に再開発。公共空間(広場、通り)、公共文化施設・集会施設の立地。歴史遺産の運河と周辺の整備。近接する産業空間の再開発と新産業誘導した。住宅地の再生:衰退した公営住宅地を中心に、取り壊し、保全修復、再開発。荒廃した近隣地区の再生。戦略的なパートナーシップ(公共、民間、大学、コミュニティ、ボランティアが協働)を組み、9地区でSRB事業(貧困地区での競争的政府補助金)を行った。

 国内事例では、日本で成功といえる事例は高松市の丸亀町商店街と富山市のLRT(路面電車)。高松は年間300くらいの視察団が来るまでになった。ここは敷地単位での個別利用をやめ、町にとってもっともふさわしい使い方を決める。利益は権利者に分配。土地の所有権に定期借地権を設定。再開発会社が一括して管理運営。核となる再開発事業と意見がまとまったところから再開発する共同建て替え方式。魅力的な公共空間、新しい品揃えとサービスを創り上げ、若者が出店できるスペースと機会を外部の権威と知恵を利用し再生している途中である。

 都市も年数を経て、変わっていき、社会の歴史が変わっていくが、場所は大事で保存しようという『場所の力』という考え方がある。場所にはまちを再生したり、人を引き付ける力がある。新しいものを作る時は、全く新しい物を造るのではなく、場所の力を考えた上で造らなくてはならない。イギリスのストーンヘンジへ行くと、造った人の想いのようなものを感じるが、今治でのまちづくりでも新しく造る、壊すという時に、場所の意味、役割を考えていただきたい。

今治シビックプライドスクール 第2回

 

―第2期 みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか― 

                    【まちの空洞化・砂漠化を考える】

中心市街地の活性化と地方都市の再生 ―都心居住を中心にして― 

 

日時:平成22年11月11日(木)

午後7時00分~午後9時00分

場所:今治中央住民センター

講師:松山短期大学教授 青野 勝

1.中心市街地の活性化と都心居住の必要性

   近年、中心市街地の空洞化が問題となっている。愛媛においても、中心市街地の居住人口が減って高齢者比率が高まってきている。90年代から始まっているが、何が問題かというと、投資対象としての魅力を失っている。郊外立地に後追いで公共投資をする結果、二重投資になっている。都市に対する帰属意識「コミュニティ・アイデンティティ」が失われている。

 中心市街地の居住人口が減少した原因は、自動車依存の交通、大規模店の郊外化、都心部の住宅地価の上昇等がある。都心部の地価が高いのは、業務用地が拡大した相続税制や譲渡所得制度により、土地をなかなか手放さない人が多い。だから都心居住の促進には、地価を考慮した対策が必要である。土地の所有と利用を分けて、借地方式を使って土地の有効利用を図ることが必要である。80年代と比べて、中心市街地の地価が大きく下落している状況は、都心回帰の好機である。

 中心市街地活性化の意義は、中心市街地はまちの『顔』である。まちの顔といっても意味と評価基準が示されない限り、政策基準とはなりえないのが現状です。それができれば、市だけではなく、都市圏全体を活性化するための重要な手段である。政策基準は、消費者・生活者にとって効率的な都市構造を形成できるかどうかで、都心と郊外を対立軸でとらえるのは間違い。

  都心居住推進の必要性は、地方都市のスプロールを抑制し、自動車依存の交通混雑を解消することが急務である。都心部に良質の住宅を建設することで、防災面の向上と地方都市の町並みや風格という観点から重要。イギリスの経済学者アーバークローニーは都市づくりの目標に《美しさと健康、便利》さと説いている。また、都心居住そのものが購買力の増加にもつながる。

  改正都市計画3法により、大規模店舗の抑制はされてきているが、それによって、不便を蒙る人もいる。

 コンパクトなまちづくりの例では、青森市が1970年~2000年の中心市街地から郊外への人口流出で約350億円の無駄な公共投資が起こった。富山市では2000年から2020年に郊外人口が18,900人増えて、その結果、約177億円の追加投資が必要になるとの試算がある。そこで青森市はウォーカブルタウンの創造で歩きやすい都市を目指した。富山市は徒歩と公共交通によるまちづくりを目指して、一極集中ではなく、徒歩圏と公共交通を軸とした都市構造を目指した。

 2.都市居住を推進するための施策

  ①「特定優良賃貸住宅制度」や「高齢者向け優良賃貸住宅制度」など国の補助策があるがあまり活用されていない。高齢化に向かって高齢者の都心居住が重要になってくる。それによって、医療費、介護費用が抑制できる。

  ②定期借地権方式の活用(タウン・ハウス方式やスケルトン方式の採用など)山形市は中心市街地においてPFIを活用している。民有地を借り上げて公営住宅を建設した。高松市の丸亀町商店街はまちづくり会社と地権者が定期借地権を結んで活性化を図っている。

  ③山口市は都心居住促進ための「住まい・まちづくりセンター」の設置を行い。若手の建築士がまちなかの川を蛍が住める綺麗な川にしたり、伝統的な建物を守ったり景観を造っている。飯田市の「まちづくりカンパニー」はディベロッパーの機能を持つ独立採算制を敷いている。

 ④都心部の優良賃貸住宅への家賃補助、民間の賃貸住宅を公営住宅として借り上げ。

 ⑤定期借家制度の活用により、郊外の持家を処分することなく、家賃を得ながら街中へ住み替えを可能とし、都心居住の促進を支援する。福岡県では「福岡県安心住み替え情報バンク」で不動産業者と連携して持家の定期借家を円滑に行っている。

 ⑥不動産取得税、登録免許税などの土地取得にかかる税の軽減、建物の固定資産税の軽減。事例として、金沢は伝統的な一戸建てを建てるときや、都心部のマンション建設に補助を行ったり、昭和20年以前の建物を改修するときにも補助している。

3.地方都市を再生するための組織

 中心市街地活性化法により、TMOができた。これはアメリカのBID(Business Improvement District)を参考にできた。BIDは中心市街地の一定地区を対象とすること、地域内の多数の不動産オーナーの同意を得、その地区の不動産に賦課を課すことで財源を得ることができる。サンセット方式では、概ね5年で利益を得てないBIDは存続できない。タウンマネージャーは様々なまちづくり会社で実力を付けいく。日本の場合はアドバイザーだったり、コンサル的な位置づけである。

 日本のTMOは中心市街地全体を対象としているがマンパワーが少ない。独自の財源が無いなど目標と評価の方法、責任の所在が明確でないなどの特徴があり、補助金の受け皿になったり、限られた事業しかできていない。

 地方都市のTMOやまちづくり会社が発展していくために目標の妥当性と評価可能な具体的な目標設定が必要。商店街はデパートとは違い、業種が違うのでマネージメントが難しい。活性化のためには【事業実施】【評価・提言】【調査・研究】この3つの機関が必要である。

 浜松市は「都心政策研究会」から提言を受けて「都心再生戦略会議」が活性化策の調整・決定を行う。その結果を基に、公共事業は浜松市が行い、民間事業・官民協働事業は「都心再生タスクフォース」が事業単位で結成し行っている。「都心再生戦略会議」は行政から独立し、事業の投資採算性を査定し、事業の実施順位を判定する重要な役割を果たしている。

 領域は、①都心産業の育成、都心商業の誘導②都市ブランドの構築③都市交通システムの構築④都心居住の促進等「都心政策研究会」はシンクタンクとして位置づけられ、構成員は、経済界・金融界・学識経験者であり、財源確保のために、財力ある構成員がいる。 

 シンクタンク機能を持った政策提言機関(仮称)まちづくりセンターを創設したらどうだろうか。それがノウハウの蓄積、成果の共有化を図る。今までは中心市街地の活性化・地方都市の再生のための調査・提言は、外部のシンクタンクに委託することが多かった。それでは地域にノウハウが蓄積されず、成果も共有されない。事業家のために最も重要な財源調達と人材確保の方策が示されていないことが多い。

 (仮称)「都市再生事業評価委員会」の創設によってまちづくりの評価をすることが必要である。これは行政や利害関係者から独立した組織でないといけない。今までは利害関係団体の意見を代弁するか、案を正当化するものでしかなかった。組織の専門性・中立性を担保するためにも、評価基準の明確化が必要である。

 将来にわたる最適化を求める組織づくりのために、現在の「価値」は過去に何を成し遂げたかではなくて、将来、何を成し遂げるかによって決まる。過去に成功した場合は、それにこだわって、将来最適な組織づくりのために障害になる場合がある。そのためには、投資採算性と外部組織の評価を組織の決定に組みこまなくてはならない。まちづくりにおいては、短期的なフローと地域の資源を豊かにする観点が重要である。

 まちづくりには、専門家と共に、若者、よそ者、馬鹿者が必要であると言われる。若者とは、将来の展望を持って行動するものであり、よそ者とは、新しい発想や客観的な評価ができる者であり、馬鹿者とは、情熱を持ち、自己の利害を超えた行動ができる者である。個々人は短期的利益ではなく、長期的利益を追求する組織づくりが求められる。

 地域の将来便益を最大化という観点からは、中心市街地の再活性化・都市再生事業が要か否かは、冷静な費用便益分析が必要である。過去にどれだけの便益を生み出したか、どれだけ費用をかけたではなく、将来、どれだけの便益を生み出すかの現在価値である。費用とは、初期費用と維持管理費、機会費用が含まれる。便益とは、将来どの時点から便益が発生するのか、どの程度か現在価値は一定の割引率で割り引く必要がある。従来の活性化基本計画・基本構想は、費用・財源が示されていないことが多い。公共投資は費用便益分析がなされても、その信用性が理解されず、工期の遅れなどで便益の発生が遅れることがある。いつ完成するかわからない事業の便益は測りようが無い。

 地方私立大学と地方都市再生 0歳児保育で成功した短大出の方は、子どもが好きでいつも見ていたいが、仕事ができない。そこで0歳児の託児所を開設した。施設面では、病院、スーパー等の既存の施設を使って託児所を開く。サービス面では優秀な人材を集め、様子を写真で公開している。

  今治のような地方都市においても、大学を誘致して活性化を図ることは有効である。大学を理系の大学で100億以上、文系で30億以上。既存施設を使用すれば数億円で済む。いずれにしても既存の大学と競争して勝てるような教育を行える人材を集め、発信することが重要である。

今治シビックプライドスクール 第1回

 ―第2期 みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか― 

                    【まちの空洞化・砂漠化を考える】

「なぜ行政参加のまちづくりか?」ーまちづくりの目線から考えるー

 日時:平成22年10月26日(火)

午後7時00分~午後9時00分

場所:今治中央住民センター

講師:愛媛大学法文学部教授 藤目 節夫

ICPCのCとはシビックプライドのシビックになると思う。はたしてシビックプライドで十分なのか。コミュニティプライドが無くて、シビックプライドが成り立つのか。自分の身近な地域に眼差しが無くてまち全体のまちづくりに眼差しが向くのか疑問に思う。

 まちづくりに関して4つの誤解がある。

①まちづくりは行政の仕事と考える誤解

②地方分権に関する誤解

③まちづくりは大きな単位から小さな単位へという誤解

④町内会・自治会とNPOに関する誤解

ひとつは行政の仕事と考える誤解。公は行政が、私は民間がという誤解がある。公の部分でも民がサポートしないといけない。高齢者の福祉を考えると、行政が施策を考えて進めていくが、現場では高齢者の見守りなど地域のコミュニティがしないといけない。両方が一緒にサポートしないといけないがいまだにそういう発想ができていない。昔においては例えば、鎌倉時代の惣村という自治があり、住民が武士を雇って村を守っていた。昭和初期でも地域がお金を出して学校を建てたりしていた。それが昭和30年代になって高度成長で税収が増えてくると行政主体のまちづくりになっていった。それによって地域に対する思いを失っていった。住民参加ではなく、行政参加のまちづくり。言い換えれば行政と住民の協働のまちづくりが重要。2つ目は地方分権に関する誤解。3つ目は大きな単位から小さな単位への誤解4つ目は町内会・自治会とNPOに関する誤解。

 なぜ行政参加のまちづくりか? -まちづくりの目標から考える-

①地域に生きる希望をみんなで育む

②人と人、人と自然、との関係性の再生

③一人ひとりがかけがえのない存在に

④安全で、安心で、楽しく、そして誇りの持てる地域を創る

⑤新しい価値を地域から作り出し、地域に上乗せする営為

地域に生きる希望をみんなで育む。人と人、人と自然、との関係性がずたずたになっている。それらは行政だけではできない。それができると人がかけがえのない存在になる。西洋は自立した中から関係性を持っていく。日本は人と人との関係性の中に自分の存在を見出す。それが伝統であったはずが日本でも自立を求められて、関係性がおかしくなっている。高齢者が地域の役に立っていると満足しながら死を迎えるのが最高の福祉だと思う。安全で、安心で、楽しく、そして誇りの持てる地域を創る。新しい価値を地域から作り出し、地域に上乗せする営為。これらも行政主体でできるわけがない。

国から地方自治体への権限・財源移譲

         ↓

国と地方自治体の役割分担の明確化

         ↓

市町村とコミュニティの関係も基本的に同じ

   → どちらも地域共同体然るに、市町村のみ財源と権限あり

 国から地方自治体へ権限・財源の移譲が地方分権だと誤解しているが、国と地方自治体の役割分担の明確化が地方分権だと思う。自治体とコミュニティはどちらも地域共同体で一緒。地方分権一括法で中央政府と地方自治体が対等であると認められた。しかしそれには地方自治体がコミュニティに対して、どんな権限と財源が割り振れるか記述が無い。それは市町村の判断に任されている。

 平成の大合併で権限は地方に委譲されたが、財源は移譲されなかった。自治体内では自治体分権があって、コミュニティに権限と財源を与える。団体自治権など大きい自治権とコミュニティの小さな自治権がある。両者が補完性の原理で構築されている。そこで協働のまちづくりが行われる。補完性の原理とはあることに対して一番近いところが責任を持つ。そうなると国は国防、外交、通貨など限られてくる。日本は大きな単位から小さな単位へのまちづくりが行われているが、それを逆にしなくてはならない。

 小さな単位は自治会・町内会ではなくなってきている。新しい地域コミュニティ(手作り自治区)を創らないといけない。その構成は自治会・町内会だけではいけない。それに入ってない人もいるからその人たちも全て含めて個人レベルで入る必要がある。例として安芸高田市の地域振興会や松山市のまちづくり協議会などがある。

コミュニティ(町内会・自治会)

地域での人びとの共同生活を共同で管理する組織。相互扶助の組織で、地域課題に総合的に対処する。

 ☆NPO(アソシエーション)

個別の目的と機能をもつ任意の集団。地域共同管理の一部を専門的に担う組織。

地域共同管理の機能を総合的に果たすことはできない。その意味でコミュニティにとって代わる組織ではない。

町内会・自治会は日本全てを網羅し、古い体質で消え行く運命だがなかなか消えない。NPOだけでまちづくりが可能という誤解もある。だから町内会・自治会に取って代われるという誤解がある。

 コミュニティとは何かを考えると、人は一人では生きていけない。集団で住む必要があるが、そこには共同生活が発生する。そして共同管理が生まれ、共同管理する組織が必要になる。それが自治会・町内会である。地元学にもつながるが、まちづくりをする時に、昔まちはどうだったか、民俗・風習などを調べる必要が出るとき高齢者に教わるのが一番である。それにより高齢者の生きがいにつながる。そういったことで総合的に課題に対応している。特定の目的に特化しているNPOでは出来ない。NPOは特定の目的と機能を持った組織である。地域を共同管理する一部の機能を持っている。日本ではコミュニティとNPOの仲が悪い。これが手を取れば大きい力になる。コミュニティはNPOの専門性が、NPOはコミュニティの資金と人材が欲しい。コミュニティは相互扶助システム、NPOは専門処理システム。今はこの二つのシステムの連携が必要になっている。

コミュニティの発展型

親交型コミュニティ

    ↓

課題解決型コミュニティ

    ↓

自治型コミュニティ

 コミュニティが今後どのように発展していくかというと、親交型コミュニティ(運動会など)⇒課題解決型コミュニティ(地域の掃除、安心安全など)⇒自治型コミュニティ。自治型コミュニティとはマイナスをプラスに変える対処療法ではなく、将来どうなりたいか目標を立ててそれに向かって前進していくこと。都市部では3つのパターンに当てはまらない。

 住民自治のまちづくりのプロセスは、場の文脈を共有・発見する。(地域を知る・気づく)⇒地域の課題の発見⇒合意の形成、まちづくり像の共有⇒協働の体制を組む⇒まちづくりのシナリオと行動計画の組み立て⇒まちづくりの実践と評価。これには行政のコーディネートが必要である。今までの行政は執行機関だったが、これからは政策立案機能を持たなくてはならない。

住民自治のまちづくりのプロセス

①場の文脈を共有・発見する(地域を知る・気づく)

②地域課題の発見

③合意の形成、まちづくり像の共有

④共治(協働)の体制を組む

⑤まちづくりのシナリオと行動計画の組立

⑥まちづくりの実践と評価

        ↑

  行政のコーディネート 

川根地区研修報告 http://icpc-imabari.jp/blog/?cat=12 

 安芸高田市の川根地区の調査をしているが、川根地区は人口600人で高齢化率53%。これだけの小さい場所でコミュニティが根付いている。この中に諮問機関がある。住民が行政に中学校跡地のリニューアルを提案して、エコミュージアム川根を3億円以上かけて造った。その他、川の整備、圃場整備などを行った。造ってもらった後は独立採算。川根は以前農協のふれあいマーケットがあったが、農協が撤退するときに集落で唯一のマーケットが無くなると大変だということで自分たちで経営しようとしたが、赤字の問題で非常にもめた。責任者の辻駒氏は自分たちがよそで3回買い物するうちの1回この店で買い物すれば赤字は出ない。このことは自分たちのまちを良くするために、自分たちに何が出来るかということ。今治市で考えても市民が都心が必要と思うならば何ができるか。ここでは竹で貯金箱を作り、1日1円の募金を募り、それを集めて75歳以上の独居老人に週に1度給食サービスを行う。また、柚子振興協議会も独立採算で経営している。人口減に対しては、住民が家の間取りを自分で設計して、建てて月3万円の家賃で20年間住めば払い下げできる方策を考えた。

川根地区はこの「お好み住宅」のように行政に提案すること、「ふれあいマーケット」のように自分たちが出資して経営すること、「エコミュージアム川根」のように自分たちが提案して、経営することの大きく3種類の事業を行っている。また、コミュニティバスを運行させるという話を聞くと、自分たちで運営すると提案し、行政から650万円を獲得し、行政では土日が運行できないところを毎日運行させている。この様に川根振興協議会がまちづくりのプラットフォームになっている。辻駒氏はまちづくりは、一部の人間が引っ張るだけではだめ。老人や障害者も出来る範囲で関わっていかなくてはならない。このような活動は、行政と住民の対話を十分に行わないとできない。信頼関係が出来てくると最初は要求だけしていた住民が、このままではいいまちづくりは出来ないと気づき、変わっていった。行政も住民の自治活動に年間4,200万円を支出し、辻駒氏を地域振興推進委員にして、ノウハウを広めていった。

 まちづくりの4段階

① 地道に調査する段階

② 自由に発想する段階

③ 慎重に計画する段階

④ 大胆に実行する段階

まちづくりの要諦はまず地域を知ることが重要である。そこで地元学を提唱したい。まちづくりには4段階があり、地道に調査する段階。自由に発想する段階。慎重に計画する段階。大胆に実行する段階という4段階がある。地元学とは自分たちが住む土地や生活を理解すること。どんな自然があるか。昔の人はどんな生活だったか。そこからあるものがたくさん見つかり町の良さがだんだん分かってくる。これを行うと自分たちの地域は知っていると反論されるが、こんなに地元の事を知らなかったとは驚いたとの結果が帰ってくる。今治においても大合併をしたからこそ、地域の事を学び眼差しを向けて欲しい。地元学によって地域、人、経済が元気になる。探し方は土の人―地元民だけでは固定観念が払拭できないので風の人―外部とが一緒に歩いて探す。調査は下手でもいいから自分たちで調べる。考えるだけではなく、創るスタンスが必要。あるものとあるものを組み合わせて新しいもの・こと・仕組みを創る。そうする事で地域への眼差しが出来て、どう楽しむかどう遊ぶか考える。テーマは水の行方、遊びなどたくさんある。内子町の長田地区では食の文化祭を開催し、1軒づつ昔の料理を作り、その中から地域の伝統料理を発掘し、現代に合うようにアレンジしていく。それをグリーンツーリズムの客に出すことが出来る。調べたものは、写真を貼ったり、マップを作ったり、地域資源カードの類の物を作る。内子の石畳地区の食べられる天ぷらの食材を調べ商品化したら、一番の人気になった。

 最初に述べたバランスのとれたCのことで、シビックプライドを持ちたいが、いきなりではなく、コミュニティプライドを持ち地域を良くしていくことで市全体を良くしていく。そこで初めて都市の顔である都心への気づきが出てくると思う。

 

まちなか(中心市街地)について

今は、まちの顔が無くなって来つつある。合併までは新居浜市の方が今治市より人口は多かったが、圧倒的に今治市の方が都市であった。市民に聞いたら、中心部にあった機能が郊外へ行き、車が利用できるようになったのだからいいではないかという声が多いが、中心部にあったのは商業機能だけではなく、文化機能もあったはず。これは商業施設では持てない。都市から文化がなくなれば都市の価値が無くなる。中心市街地が廃れた大きい原因は2つあり、スプロール現象がある。そこには土地利用制度の問題で、都市は用途地域が決められているので規制が厳しいが、郊外はこれがないので郊外に立地しやすい土地利用制度があった。次に都市政策では、マスタープランなくしてまちを造って行った。だから郊外に団地や道路が出来ていった。もうひとつは市民。都心を捨てたのは市民である。商業者ですら、店を残したまま郊外へ移転している。中心商店街の問題では当事者のやる気のなさ。リーダー不足とまちづくりの非協力。金沢の商店街では男性が活性化をしても良くならないということで女性がリーダーになって成功している。これもひとつのヒントになるかもしれない。商店街再生の最大の敵は大型店ではなくて、シャッターを下ろした地権者である。自分が今まで商売をしていたのにも関わらず、人に貸す時はより高く貸す。それによりパチンコ店などの遊技場しか進出出来なくなる。これは商店街の衰退の始まりである。空き店舗には高い固定資産税をかけるしかないのではないか。国が旧まちづくり3法と改正まちづくり3法を整備し、コンパクトシティを提唱しているが、遅きに失している感がある。欧米も郊外に立地が進み都心が廃れてきたので郊外の開発を禁止にした。トランジットモールで車の乗り入れを禁止している。それにより都心が再生してきている。路面電車を降りるとすぐに大きい広場があり、ファーマーズマーケットがあり、オープンカフェなど楽しい空間がある。今治も広小路を車両乗り入れ禁止にしてオープンカフェなどが出来ないものか。そこをまちの顔にすればいい。松山市を例に取ると、花園町をトランジットモールにすれば、高島屋~堀之内の導線が出来、堀の内に市民が関わるファーマーズマーケットを開けばいい。そこでは分別を徹底しそこから出た堆肥で農産物を作り、それを活用した料理を市民が食べるという様に循環のサイクルが出来る。

 郊外の開発が規制はされてきているが、規制は活性化の必要条件でしかない。

商業者、地権者、行政、住民の活性化への協働作業が十分条件である。市民の当事者意識があるかどうか。市民がまちの顔を作りたいという意識があるかどうか。商業者、地権者の役割はそこに都市の文化を根付かせるならばそれは私有財産ではなくて、公共財産だという自覚が必要。

 練馬区のきたまち商店街 http://www.kitamachi.or.jp/ でも大型店が出来るときに何かできないかと女性が立ち上がり、今まで商売が出来たのは地元の人たちのおかげなので、恩返しをしたいと、ミニデイサービス事業を行い、65歳以上の方が週2回昼食代500円で過ごせるような場所を創ったり、子育て支援事業で子育て世代が遊びに来れる場所を週3日開放した。それにより、地域の人が何を必要としているかわかってきた。最終的にNPOきたまち大家族が出来、大型店が進出しても商店街の客は減らなかった。商店街も公共財だという考えをこの事例から学ぶことができる。

第二期 今治シビックプライドスクール

今年度もシビックプライドスクールを開催いたします。 

 今年のテーマ

【みなとを取り巻く「まちなか」とはなにか -まちの空洞化・砂漠化を考える-】

スクール第1期は、今治の港及び周辺(みなと地区)の存在意義・共通認識を得ることを目的に開催しました。

 みなと地区と隣接する商店街は中心市街地つまり「まちなか」の主要拠点です。この2地点は中心市街地にとっては小さな部分ですが、その動向はまちなかに大きな影響力を持ちます。

 今回のスクール第2期は、みなとを取巻く「まちなか」の総論として市街地の持つ意義、近未来の姿、市民と行政の役割、そしてまちづくりの方法論を専門家の経験を元に話し合います。

 まちづくりに関わる経験豊かな視野の広い人々との議論は、これからの今治中核像を描くための貴重な手がかりを得ることに繋がると思います。

  会場:南宝来町1丁目 中央公民館2F会議室

  時間:開場 午後6:30 講演 7:00~9:00  

  主催:今治シビックプライドセンター協議会

  共催:今治市(市街地再生課)

  問合せ先:  ICPC 協議会事務局 

          tel.0898-32-5126  

          e-mail icpc@major.ocn.ne.jp

昨年のシビックプライドスクールの模様

今年の講演内容・日時

第1回 10月26日(火)

「行政参加のまちづくり -市民と行政はどのように協働できるか-」

  藤目節夫(愛媛大学法文学部教授、副学部長)

 理学博士、交通地理学・地域づくり論。岡山県玉野市生まれ。1965年愛媛大学工学部土木工学科卒業、奥村組入社、1994年より愛媛大学法文学部教授、2006年より愛媛大学法文学部副学部長。

「行政参加」のまちづくりについてお話しします。「住民参加」ではありません。全く逆に市民のまちづくりの積極的な活動を前提としそこに行政がどのように参加するべきかという話です。合併後の日本では、特に今治市のように多くの市町村が合併した自治体では、住民が主体になったまちづくりの実践と、それを行政がサポートするようなまちづくりのシステムづくり(仕組みづくり)が必要です。行政参加のまちづくりに向けて、行政、住民双方の意識改革が必要です。一例として、私の研究フィールドであり全国的に住民自治のまちづくりで著名な広島県旧高宮町川根地区の事例をご紹介します。

第2回 11月11日(木)

 「中心市街地は必要か -経済と都市経営の視点からまちを読む-」 

  青野勝広(元松山大学学長、松山短期大学教授)

経済学博士、都市問題の法と経済・公共経済・地域産業論。松山市生まれ。1971年神戸大学大学院博士課程修了、1980年より松山大学経済学部長、2001~03年、松山大学理事長・学長、2004年より松山短期大学教授。

中心市街地活性化の意義は、地方都市の拡大とそれに伴った郊外化から生じる後追い的に必要となる公共投資を回避し、中心地に存在する既存の都市資源を生かすことによって、公共投資を効率化することにあります。中心市街地の活性化は単に中心市街地だけでなく、都市全体を活性化するための戦略的手段であるからこそ、必要なのであるということをお話ししたいと思います。話の後半では松山市で私が実際に経験してきた例を題材に、具体的に必要な施策として、パートナーシップ型タウンマネジメント組織、まちづくりセンター、まちなか居住について触れたいと思います。

第3回  11月30日(火)

「日本を歩いて考えた、まちなか再生の希望と罠 -五感は語る-」

  久繁哲之介(地域再生プランナー)

『日本版スローシティ』『地域再生の罠』著者。1986年早稲田大学教育学部卒業、同年日本IBM入社しマーケティング事業に従事、1994年より(財)民間都市開発機構都市研究センター研究員。

日本の都市は「ファスト&クローズド」です。こうした都市のあり方とは異なる“もう一つの道”を「スローシティ」と言います。その考え方を生活様式や消費構造などを含めた視点から吟味し、また「サードプレイス」(自宅と職場以外の都市の中での居場所)の概念を併せて議論していくと、結論は「開放型コミュニティ」に収斂します。これこそがスローシティ実現のための必須条件です。持続可能都市、創造都市など都市論は新たな展開を見せていますが、スローシティは“福祉都市”とも言えます。今治の実情を踏まえながら、全国の例に見受けられる陥りやすい“罠”も合わせて中心市街地の問題を語ります。

第4回  12月  6日(月)

「生き続けられる都市の条件を考える -世界はどうなっているか-」

  海道清信(名城大学都市情報学部都市情報学科教授)

工学博士・一級建築士、都市計画・都市デザイン・都市再生。金沢市生まれ。1975年京都大学大学院博士課程修了、地域整備公団入社、2002年より名城大学都市情報学部教授。

「生きつづけられる都市」とは、まさに持続可能な都市ということです。1960年代に『アメリカ大都市の死と生』を著したアメリカのジャーナリスト、ジェイン・ジェイコブスは、近代都市計画の考え方を非難し、大都市の持つ本来的な魅力を強調しました。彼女の考え方は、密度の高さ、多様な機能や価値の重なり、古いものと新しいものの共存、人間スケール、コミュニティの重要性を主張しており、今日の先進国の都市計画にも強い影響を与えています。今回は、我が国の地方都市が魅力をとりもどし、経済的にも環境的にも持続するにはどうしたら良いかを考えたいと思います。

第5回     1月18日(火)

「交渉学が教える合意形成の秘訣 -徳島のみなと再生の体験-」

  山中英夫(徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部教授)

工学博士、都市交通計画・中心市街地・交渉学。1983年京都大学大学院工学研究科博士課程単位修得退学、同年京都大学助手採用、1997年徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部教授

メディエーション、交渉学が教える合意形成の心構えということをお話しします。関係者の立場でなく利害を把握することが基本という視点が中心です。対立でなく話し合いを始める姿勢が必要であることの理屈を述べます。一例として、小松島市のみなと再生の事例をお話しします。込み入った話は差し障りが無いとも言えないので出来ませんが、その経緯が交渉学実践の例として参考になります。行政に全くお金のなく、明確な意図もなかったことが結果的に幸いであった好例なので、今治に当てはまるかどうか分かりませんが今後に資することがあれば幸いに思います。

第6回   2月 2日(水)

「市民によるまちづくりの実践と課題 -松山のNPO法人の活動-」

  前田 眞(邑都計画研究所、NPO法人まちづくり支援えひめ代表)

(有) 邑都計画研究所代表取締役、NPO法人まちづくり支援えひめ代表理事、タウンマネジャー。八幡浜市生まれ。中心市街地活性化アドバイザー、有限責任中間法人お城下松山アドバイザーなど。

NPO法人や市民ボランティアが主体となり、行政との緊密な連携を取りながら「まちづくり」を行う場合に必要な一般的な話と、私がNPOに関わる一市民として直接実体験したことの成果とそれから見えてきた課題について、松山市などでの事例紹介を通じて語ってみたいと思います。実際に活動してみると当初の想定とは異なる問題が多く発生しますが、その解決の過程からもまた大きな経験値が得られます。そうした経験から見えてくる教訓めいた話の数々は、これからの今治のみなとや中心市街地の再生のためにも有意義な示唆を含むものと考えています。

 

 

第8回今治シビックプライドスクール開催報告

 

「新たな協同の絆で地域の活性化を」

日時:平成22年3月16日(火)

午後6時30分~午後8時00分

場所:美須賀コミュニティプラザ

講師:愛媛大学社会連携推進機構教授

       村田 武

聴講者 26名

はじめに

 愛媛大学は四国中央市と今治市と宇和島市にサテライトを出しています。四国中央市と今治市は人員の配置をしておりません。昨年愛媛大学農学部を定年になり特命教員として残してもらい、地域担当で宇和島のサテライトとして連携協定を結んでいます。場所は市民に見えるように中心商店街のきさいやロードの袋町商店街に置いております。宇和島市は元々市民サービスセンターを置いており、商店街休みの木曜日と元日以外は各種証明書発行がそこで出来るようにしています。ここではコミュニティビジネスの立ち上げをバックアップしている。「真珠やかんきつから新商品は生まれないか」とか「農協食品部の女性が事業を起こすなら法人化しませんか」と中小企業中央会の専門家とつないだりしています。

 何故中心商店街で事業展開をしているかというと宇和島の商店街もシャッター通りとなってきています。ただローカルスーパーがあり地域の高齢者の生活を支えているのでまだ何とか頑張っています。ただし本屋は1軒もなく、映画館も最盛期8館あったのが無くなりました。南予の映画館は大洲にしかありません。地域から映画館が消えるのは文化が消えるということ。宇和島はかんきつや養殖で稼いだ所得が中心商店街で消費されて成り立っていました。航路もたくさんありましたが、航路縮小の中で「港町宇和島」とは誰も言いません。

 このような背景の中で一昨年旧西海町役場の2階,3階を愛南町が1億円で改修し、愛媛大学に無償貸与してくれました。そこに南予水産研究センターが立ち上がりました。今年の4月には農学部大学院が紙産業農学院として四国中央市に立ち上がります。このように愛媛大学の地域貢献はサブキャンパスを県下に配置していくことに重点を置いています。

これからは人材育成だということで2年間準備して平成24年度に愛媛大学宇和島自然学校を開校したいと思っています。地域の子どもに自然学習を体験させたい。場所は城南中学校と統合して廃校になる予定の宇和海中学校を考えています。

 今治との関わりは、まちづくり研究会(砂田会長)との事業で平成19年3月24日に「今治18万市民のまちづくり」というシンポジウムの中で今治のまちづくりを考えるという基調講演を行いました。新今治市の強みは豊な海、里、山であると。歴史・文化創造のまちづくり、人材育成のまちづくりが課題ではないかという中で今治にはどういった中心市街地が必要か。地域で生み出された所得は地域で生み出された物の商品に向かうのが望ましい。地域の小売業が地域の生産者によりよい商品を求める。それを通じて地域経済を底上げすることが重要です。そういったことで今治には中心市街地は必要だろうと思います。ただしかつての栄光の中心部である必要はありません。都市の中心部が賑わいを持ち、人々を引きつけるのはそこが華やかな商品の舞台であるからです。中心市街地に求められるのは商業機能の強化に加えて、遊び、学べる新しい生活文化都市として今治のまちづくりを象徴するものであるべきでなないかと思います。

 シンポジウムの前には新都市見直し市民委員会のメンバーとなりました。その後は大三島の安神山火災の復旧に愛媛大学農学部教授が取組み、平成18年10月に日本海岸林学会の中で山林火災と市民の森づくりで今治市大三島安神山火災と普及への市民参加という報告を行いました。また、しまなみの杜周辺エリア自然公園の利活用に関する研究で今治市が農学部に委託しました。自然と遊び、自然との共生を学ぶ今治市民の里山作りということで新都市の一番北の緑地公園のところにこういう公園がいいのではないかということで実験・体験ゾーン、里地・里山ゾーン、しまなみの杜自然学校という構想を提言しました。平成20年度からは今治市観光振興計画策定委員会の委員長を引き受けました。

 宇和島の中心商店街の活性化と並行して限界集落のことも考えています。このネーミングは良くないということで「ごっくん馬路村」の名付け親である松崎了三氏がギリギリランドにしようとしました。そして守りの姿勢から攻めの姿勢に転換して徹底して外から人を入れることを念頭にいきいき集落活性化事業で野村町惣川、大野が原、城川の窪野、明浜の高山を指定しました。国の補助金も使い集落応援隊を募集しました。東京のホテルオークラの総括責任者始め、神奈川など19人から応募があり書類選考、面接を経て3人を選び最低1年は住んでもらうことになりました。若い人に住んでもらい村の行事に参加してもらうことが重要だと思います。農村部の年金暮らしの高齢者が少しでも自分の作った野菜を運ぶ事が出来れば、少しでも収入の足しに出来ます。

 

1.なぜ、私たちの暮らしは苦しくなったか

  

(1)高度成長期につくられた労働者の生活保障システム

=ヨーロッパ型の福祉社会とは違い企業に依存して生活の安定を図る

 ・大企業の年功賃金と諸手当による直接賃金の上昇と企業の福利厚生に依存。

 ・労働者の大部分を占める中小企業労働者は直接賃金や福利厚生面でも大きく劣っていたが、日本経済が成長しているかぎり、大企業からの受注拡大で雇用は安定

(2)1990年代からこのシステムが機能停止

  1973年のオイルショックを契機に1バレル1ドルの安い原油を背景にした重厚長大型産業からの転換→しかし1985年のプラザ合意後の急激な円高で輸出企業は打撃→大企業が海外直接投資と外需依存を強め、自動車産業中心の経済構造に転換

 →国際競争に勝ち残るために国内工場の低コスト化圧力→企業収益を高めるための賃金抑制とリストラ・派遣労働者・外国人労働者依存を強行

   トヨタなどの大企業が「日本型多国籍企業」化(金属・機械工業の上位数10社が海外での生産も輸出も増やすために国際競争力の維持に全力をあげるための生産コストの引下げに躍起になった=下請け企業に対する取引条件、賃金など労働条件の引下げ圧力)

(3)90年代の度重なる景気対策による財政赤字膨張と小泉・竹中内閣の「構造改革」政策・規制緩和が、1億総中流から格差・貧困社会をつくりだし、内需を縮小させる方向に働いた。

 ・1999(平成11)年の派遣法改正で非正規労働者とワーキングプア・失業の激増

・2002(平成14)年度から毎年2,200億円の社会保障費抑制が始まり、国民に将来不安高まる

(4)個人消費の停滞と貧困率上昇

・内需の6割を占める個人消費(家計最終消費支出)が停滞

・内需の2割を占める民間設備投資がふるわなかった→地方からの企業撤退

・大規模小売店舗の出店規制緩和(1992年)による大型店の出店ラッシュ

  →商店街と地域商業の空洞化  

・バブル崩壊による地価下落→土地資産価値の継続的低下は、借入金で土地や住宅を購入した企業や家計にとっての債務負担増大

2.暮らしをどう立て直すか

(1)競争礼賛から共助・協同の政治への転換が求められる 

     (二宮尊徳の「報徳社仕法」に学ぶ)  

(2)「内需主導型経済」へ:まちづくりと地域産業起こし

  しかし内需主導といいながらアメリカがだめなら中国という外需依存のシフト

 ・新しい地域経済・国民生活再建の経済学の再興

①    食住に関わる文化型産業の振興(自動車や家電など機械系産業=文明型は国際的に共通機能をもちグローバル展開可能)

衣食住に関わる産業はもともと地域性、民族性に深い関係があり、国内生産が本来(地場産業といわれ、中小企業に支えられてきた産業)

②    農林水産業・地場産業の再生、豊かな地域内の経済循環による地域ごとの再生産構造(地域内産業の再構成)を立て直す

・  地方中核都市の中心市街地を、子育て世代と高齢者が安心して住めるまちづくり

・ 「地産・地商・地消」:中心商店街の再生が中心市街地の再生には必要

   それには商業機能だけでは商店街の再生は不可能。拠点性が持てない。郊外店の隆盛も原因。例えばJA越智今治のさいさいきて屋や直売所の売上高では全国でトップ3くらい。こういった店舗のサテライト店を商店街に誘致すれば中心部の高齢者が安心して食料品、惣菜類を買える。安心して暮らせる

  松山では大街道と銀天街の交差するところに「ぎんこい市場」をオープンし地域高齢者を支えている

・中心市街地の中での拠点としての商店街の位置付をどうするか

小中学校の統廃合問題→高齢者施設と教育施設の一体・・・京都 御池中学校

施設を分散させないで多様な世代を1か所に集める

人口5万人~10万人の小規模の都市の中心市街地はコンパクトでないといけない

   市役所、公民館、市民病院、図書館などを集約すれば、用が無くても商店街に人が通る

・  教育・文化:生涯学習と地域に文化を=人材・次世代の育成を東京任せにしない(掛川市生涯学習都市宣言に学ぶ)二宮尊徳の精神をまちづくりの方針に掲げている

街格をつくりながら人材育成し市民の新しい文化を作ろう→知の拠点

今治が生み出した世界的な建築家丹下健三を活かす

都市デザインを中心にした大学院を大丸跡地に創設(先端技術大学院 奈良と石川)定員1学年10人程度→若い学生を中心部に呼ばないといけない

 

 

 

おわりに

 

港だけでは広域今治を扶養させることはできない

 ・フランスの港町「ナント」の再興

  製鉄、造船業で栄えたが停滞→交通の要衝から文化都市へとシフト ナント大学、ナント大聖堂

 

  今治が四国5番目の都市としてどうするか。港町神戸でさえ今は「みなとまち」とは言わない 元町等新しい商業文化が支えている 今治も港町にこだわらず自由な発想で考えてみては

  日本は政治が生活の中に入ってない もっと政治と文化を生活の中に取り入れることが重要

第7回今治シビックプライドスクール開催報告

 

「みなと再生とまちづくり」

日時:平成22年3月9日(火)

午後6時30分~午後8時00分

場所:美須賀コミュニティプラザ

講師:㈱地域計画建築研究所

       大阪事務所長 森脇 宏

 まちづくりのコンサルタントをやっています森脇と申します。よろしくお願いします。今治のことをよく知っている訳ではありませんが、外からお客さんを呼ぶ場合、中の人だけでは分からない部分もありますので、その辺で参考になるお話ができれば、と思っています。

 本日のお話は、前半で弊社が携わったみなと再生の事例を、今治にとっての教訓を意識しながらご紹介いたします。そして後半では、私に与えられたテーマ「みなと再生とまちづくり」について、皆さんと一緒に考えてみることにします。

 

1 弊社が携わった「みなと再生」の紹介

(1)高松港(サンポート高松)

      瀬戸大橋開通の影響で宇高連絡船が1988年に廃止になり、高松が地盤沈下をするのではないかとの危惧があり、連絡船ふ頭の跡地やJRの貨物ヤード移転跡地等を活かして再開発しようと計画が始まりました。私は1983年から93年まで10年間、高松に通い、当時の国土庁、建設省、運輸省、通産省の合同調査から始まり、その後、高松港の港湾計画、ポートルネッサンス調査、景観調査、旅客ターミナルビルの調査などを担当しました。現在、港湾部分は大体整備できていますが、建物部分は、まだ半分できたくらいの段階です。

計画面で評価できることは幾つかありますが、私が提案した「瀬戸の都・高松」というキャッチもその一つだと思います。これで、どんな再開発をするのか、イメージが絞られたと思います。このキャッチは、4省庁の合同調査の委員会で、「四国の県庁所在地の中で、これだけ港と街が近い都市は高松しかない」という意見があり、これを取り入れて提案しました。

いずれにせよ、高松は今治の倍ほどの人口があり、しかも四国の玄関口で、県庁所在都市でもあり、JRと私鉄が直結しているなど、恵まれた条件がありました。それでも、まだ整備は途中段階ということに留意すべきだと思います。

(2)石川県 七尾港(七尾フィッシャーマンズワーフ)

   石川県・能登半島にある七尾市のフィッシャーマンズワーフです。1階が水産中心の物販、2階が飲食でなかなか盛況です。事業主体は香島津という第3セクターです。県と市が出資していますが、地元経済界が主導する第3セクターです。七尾市の人口は約6万人ですが、年間利用者は90万人にも上って黒字経営で、第3セクターの優等生と言われています。

この事業は、地元の青年会議所が大きい働きをしました。1985年に七尾市民大学講座という勉強会を年6回開催し、翌年に市民アンケートを実施して「七尾マリンシティ」構想を提唱しました。同年、行政や各団体に参加してもらい、七尾マリンシティ推進協議会を発足し、87年~88年にポートルネッサンス21調査を行い、フィッシャーマンズワーフ等の計画を立ち上げました。さらに、89年~90年に能登国際テント村を開催し、金沢まで広報活動を行って約16万人を集客し、品揃えや、売れ筋商品の調査も行いました。これなら行けるとの判断から、90年に株式会社「香島津」を設立し、翌年、民活法の特定施設「旅客ターミナル施設」の認定を受け、同年9月にオープンしました。

成功要因は初期投資を徹底して抑えたことと、民間主導の3セクだったため責任が明確化できたことだと思います。また、近くに和倉温泉(年間150万人の宿泊客)があったことも要因だと思います。

七尾の事例は、人づくりの点でもたいへん優れています。毎年、アメリカのモントレーに視察団を派遣し、何人かの子供もホームステイに連れて行っています。ホームステイに行った子供が、その後、大学で「まちづくり」を学び、「まちづくり」のコンサルタントに就職誌、現在七尾に帰って活躍しています。こうしたことも含めて、フィッシャーマンズワーフ以降も様々な取り組みが続き、七尾は地方の小都市ながら、元気があるまちとの評価を受けています。

(3)徳島県 小松島港(みなと交流センター)

    1998年に明石海峡大橋が開通した影響で、翌年に南海フェリーが休止、その後廃止となり、南海フェリーターミナルビルも遊休化してしまいました。港を何とかしようと「小松島港ワークショップ」が開催され、フェリーターミナルビルの利用アイデアが数多く出され、そのアイデアを「小松島港本港地区等活性化検討委員会」に報告するという形で議論がスタートしました。小松島の発祥は港であり、港がさびれるのは心苦しいと、市民が奮起をしました。2000年にはフェリーターミナルビルが小松島市に譲渡され、再度ワークショップを行い、「小松島港港利用企画調査委員会」で検討しながら、フリーマーケットを開催したり、ターミナルビルの無料開放などに取り組みました。そういった実験をしていくうちに、管理はどうするかという議論になり、NPOが検討され、2001年にNPO法人「港づくりファンタジーハーバーこまつしま」が設立されました。ターミナルビルは「小松島みなと交流センターkokoro」という名前になり、NPOが管理できるように「小松島市交流センター条例」も市議会で議決されました。

NPOの業務としては、ターミナルビルの管理運営、ビジターハーバーの管理運営、市の友好都市である北海道紋別町との地域交流事業、コンサート・フリーマーケット等のイベント企画・運営事業、まちづくりセミナーの研修等を行っています。

成功の要因としては、市民参加の計画、管理が重要でした。ワークショップを通じて市民の声を集め、徳島大学の山中教授に適切なご指導も受け、市民を応援する行政の存在もありました。人口約4万人の小松島市でも、これくらいのことができるのです。

2 「みなと再生とまちづくり」とは何か

    それでは、以上の事例を頭の片隅におきながら、いただいたテーマ「みなと再生とまちづくり」について考えてみましょう。本来、皆さんと議論して考えるものですが、本日は想像でお話ししてみます。

まず、「みなと再生」の目的と目標を考えてみました。目的(何故、再生するのか)としては、おそらく「みなとを活かしてまちづくりに活用したい」ということだと思います。それでは、目標(どんなみなとに再生するのか)はどうでしょうか。報告書「みなと再生構想」を読んでみると、「市民や観光客の憩いの場」にしたいようで、キーワードとして、楽しい、賑わい、感動、交流などが挙げられそうです。

さらに、「まちづくりの課題」についても想像してみました。おそらく「今治駅~今治港の間の中心市街地の活性化」が大きく、「住民が減って、高齢化している」「買い物客が来なくなり、空き店舗も増えている」などが問題になっていると予想されます。さらに、「みなと活用」の観点からすると、「市民や観光客がみなとで親しめる場所がない」「旅客船の乗降客もみなとを素通りしている」「みなとで成長してきた今治のDNAが途絶えてしまう」も課題かもしれません。

このように考えますと、「みなとに期待される役割」が見えてきて、「みなとまち今治のシンボルエリア」となるのではないでしょうか。例えば、「市外から来た自分の知人を連れて行って自慢できるところ」「お洒落して出かけることができるお洒落な場所」「今治独自の情報や最新の情報が全て集まるところ」として位置づけてはどうでしょうか。

3 「みなと再生」の方向性

こうした考え方で「みなと再生」の方向性を考える前に、今治らしさを打ち出すため、活用できる素材を確認しておきます。

思いつくままに挙げますと、目の前に広がる多島美、旅客船・フェリー、内港の船だまり、漁港、今治城などがあり、これだけ多様な景観要素が揃っているみなとまちは、四国では一番ではないかと思います。全国的に見ても、横浜、神戸を別格とすれば、函館、舞鶴、門司、長崎、鹿児島など、数える程度だと思います。ただ、素材は素晴らしいのですが、綺麗に磨き上げる必要があると思います。

こうした素材を活かした「再生の方向性」を考えますと、「眺望を売りにしたお洒落な住宅」「時代の最先端を行く産業、例えばITやベンチャー)のオフィス」「瀬戸内海の特産品を体験できる店」などが思いつきますが、この辺のイメージは、最後にもう一度触れることにします。

4 「みなと再生」事業の進め方

      「みなと再生」については、方向性と同時に事業化の方法を考える必要があります。事業化を考えずに議論することは、「絵に描いた餅」にしかすぎません。事業化検討では、次の3点が重要だと思います。

まず1点目は、コスト抑制型(ストック活用型)で進めることです。行政の財政事情も厳しい中、いかに既存のものを利用して、コストを抑制するかが重要で、七尾や小松島を参考にしてください。

2点目は、協働型(市民、企業、行政による協議会方式)で進めることです。行政中心で行うには柔軟性が欠けるなど困難が多く、とは言っても行政以外の単独事業体でもリスクが多いため、多様な主体の協働が必要です。ただ、多様な主体がバラバラに取り組まないように、ミッションの共有化や、ベクトルの統合化ができる協議会が必要です。また、こうした協議会があることで、市民や企業は安心して取り組めるし、行政も支援しやすい状態が生じることになります。

3点目は、有志による事業主体づくり(この指とまれ方式)が重要です。個々の事業は、多様な主体の「どこか」が担当してくれればいいのですが、そういう主体がなければ新たにつくるしかありません。この点でも、七尾と小松島は参考になると思います。

5 何ができるのか

      以上の事業の進め方も考慮した上で、最後に「何ができるのか」について、思いつき的な提案をしてみます。十分検討したものではありませんので、間違っているかもしれませんが、議論のたたき台にしてください。

まず、住んでもらうために「何ができるのか」です。海の眺望が楽しめるお洒落な住宅、例えばプレジャーボート係留権付き住宅などが有力です。いい場所があれば民間でも可能な事業です。

次に、働いてもらうために「何ができるのか」です。低未利用ビルがあれば活用したいところです。例えば、アーティストの創作・発表空間、先端企業のオフィス、ユニークな実験的レストランなどがあり、これらは家賃負担力が脆弱なので、比較的低家賃の古いビルや低未利用ビル等の提供が必要です。既に各地で、こうした活用の萌芽的取り組みが始まっています。

最後に、遊んでもらうために「何ができるのか」です。私個人の好みになりますが、瀬戸内海の幸(さち)が「丸かじり」できるところがほしいと思います。漁港もあり、イメージが活かせますし、観光魚市場は比較的手堅い事業だと思います。事例でご紹介した七尾フィッシャーマンズワーフもそうですし、中小業者だけで取り組んでいる舞鶴とれとれセンターも年間70万人を集めています。

最後は、議論の取っ掛かりとして、思いつきをお話ししましたが、少しでも参考にしていただいて、何か一つでも動きが出来ればなあ、と思っています。ご静聴ありがとうございました。

第6回今治シビックプライドスクール開催報告

「都市再生における建築の役割」

 

日時:平成22年2月26日(金)

午後6時30分~午後8時00分

場所:美須賀コミュニティプラザ

講師:東京大学生産技術研究所

   講師 太田浩史

1 イントロダクション

  私は東京育ちですが、今治は何度も訪れ、準市民みたいに思っています。

  都市再生の事例を紹介していきますが、 二つのことを述べて行きたいと思います。一つは建築が大事だということ。もう一つは楽しさが大事だと思っています。今は日本全体に沈んだ気持ちがあると思いますが、それをどうやって明るさを見つけて行こうかと考えております。

  【世界の都市の分布を視覚化したものをムービーで紹介】

   10万人を1階建てのビルとして立体的に表現。東京だと120階建てのビルに相当。全体を4楽章に分けて人口増加を表しています。1日に人口が14万人増えています。1週間では100万人都市人口が増えています。第2楽章は飛行機の航路をムンバイからフランクフルトまで表しています。ヨーロッパは10万20万人クラスの都市が多く分布しています。次は空港のネットワークです。ロンドンに線が多く伸びて、ハブになっている状況を示します。ヨーロッパの中でもイギリス、ドイツ、オランダのような工業国はスペイン、フランスなどとは違う人口分布になっています。このムービーは5人で制作し、私が主に脚本やディレクションを行いました。

   21世紀になって世界の人口の内、都市人口が半分を占めるようになり、残りの半分が農村人口だと言われています。20世紀初頭は16億人の内、都市人口は2億人でした。人口分布をみますと、人口50万人以下の都市に住む人の割合が非常に高いです。世界的に人口20万クラスの都市が実験性、多様性を担っていると言えます。都市が嫌いと言われる方もいますが、都市が問題を作り、同時にサービスと提供し、また、貧困を救う面も持っています。

そういった事を考えて、世界の都市を見て回ろうと年間20都市くらいを回り始めたのが東大都市再生センターの研究員の頃です。世界の都市の事例を紹介している場が無かったので、2007年には世界の都市100選という本を作り、丸の内の地下で展示をしました。

2 世界の都市再生の事例紹介

  EUでは都市再生が政策として大きな位置を占めています。ヨーロッパは都市再生と地方分権が密接に関わっているのでうまく行きます。フランスのボルドーはトラムを敷設し、歩行者天国をたくさん作りました。イギリスのブラッドフォードは映像を作り、映画館や学校で流して市民の気持ちを前向きにして都市再生を進めました。都市再生は開発が第一では無くて、イギリスは教育や思想改革を行いました。社会的弱者にも都市再生の構成員ですよと自負心を育てました。アイルランドのダブリンも興味を引く映像で市民との情報共有と聴衆を集めることに力を入れました。コロンビアのメディジンは麻薬の取り引きが横行して、悪名高い街でしたが、若い市長が改革して誘拐が年間3,000件あったのが300件まで激減しました。密集市街地で道路が作れないので、ケーブルカーを引いて貧困地区の交通網を整備しました。その駅に公共広場を作り、図書館を作り、教育の街へ変貌を遂げました。都市再生は、教育や、マイノリティーの解決や雇用創出などと密接に繋がります。

3 都市再生における建築の役割

 1 Acupuncture  ―場所に力を与え、都市空間を再編する  都市のつぼを押さえ活性化させる    バーミンガム、コペンハーゲン、バルセロナなど

 〈バーミンガムの事例〉

   イギリス産業革命発祥の地でイギリス有数の工業都市でした。それによりドイツ軍の爆撃を受けて戦後モダニズムの都市計画が実現されて高速道路の建設により街が分断されました。車全盛の交通でバラバラになった都市構造をつなぎ直そうと街づくりを始めました。市がマスタープランを作り、20年をかけて公共空間を中心に歩行者専用道でつないでいきます。端と端にはショッピングセンターを作り、回遊できるようにしました。建築もネットワークに会った建築配置計画になっています。場所によって、年代も、建築家も違っていても計画通りに進められています。街を作るのは時間もかかりますが、意図は受け継がれて行っています。

 コペンハーゲンのストロイエ(歩行者天国)事例

   車中心の街になって、駐車場で埋め尽くされてきた。これは人間的ではないということで1962年から歩行者空間を大事にしようとする取り組みが始められました。

  公共空間の重要性をコペンハーゲン大学教授が30年以上調査し市に提言してきました。この調査はメルボルン、アデレード、ニューヨークなどの公共空間に影響を与えました。

 バルセロナの事例

   1980年代から中心市街地の密集地帯をネットワークでつなごうとしました。各施設に特徴を持たせ、例えばマーケットは平日の午前の建物で、オペラ座は週末の午後の建物という風にです。大きい広場がありますが、これはかつて非常に密集していた街区でした。これを壊して、パブリックスペースを作りました。風通しを良くして、場所場所をつないでいく手法です。

2 Modality   ―様相    都市に景観や動きを与える  ニューカッスルゲーツヘッド、リヨンなど  

  

ナントの事例

  都市に全然違うスケールを出現させて、皆が参加できる仕掛けが重要だと考えます。ロワイヤル・ド・リュクス劇団ですが、 私は彼らがパブリックアーどの世界一だと思っていますが、昨年の10月にベルリンでデビューしたとき街が別のスケールに見えました。高さ5mの巨大な女の子と14mの象の人形が街を練り歩く光景に圧倒されました。作ったのはフランスのナント市です。人口20万ほどですが、これが世界のコンテンツとなっています。また、熱狂の日々というコンサートも開発し、ビルバオや金沢にも出しています。文化を作って、世界に売っていくという仕掛けは文化で生きていこうという街には重要です。

ニューカッスルゲイツヘッドの事例

  かつては軍艦の4分の1を造っていたほどの工業都市でしたが70年代くらいから大変な不況に見舞われて、失業率も25パーセントを超え、栄光が失われて行きました。そこで重工業を捨てて文化で再生しようとしました。エンジェル・オブ・ノースを作って変化が表れました。最初は市民の7割が反対しました。市民に重要性を解ってもらうために、様々なワークショップを行いました。学校に広める活動もしました。

 彫刻家は失われた二つの街の産業を象徴したかったそうです。造船の技術を使って造船所で皆で作りました。また炭鉱でも栄えていましたので、その炭鉱の跡地に建てようとしました。この二つのシンボルがシビックプライドだということに市民も気づき始め、高さ20m、幅54mの巨大な像が出来た瞬間に賛成が7割になりました。炭鉱跡地は風の強い所で、エンジェルがその強い風を両手で受け止めていることを逆境に負けないという態度になるほどそういうことだったのかと気づきました。エンジェルが出来てから3つのプロジェクトが出来ました。使われなくなったサイロを美術館に改装したり、ミレニアムブリッジを作り、音楽ホールが出来ました。ブリッジは船が来ると橋が傾いて航行できるようになります。この光景見たさに全英から見学者が訪れます。

イギリスでは建設から竣工までをデリバリーと呼びます。図面に描いたものをユーザーに届けます。やはり自分の街に橋が届けられたら忘れられないと思います。市内45万人の内6万人が見たと言われています。公共建築はどうしてこういうことをしないのかと思います。個人の建物みたいに街が上棟式をして、施主と施工業者がもっとコミュニケーションを図ればいいと思います。

この3つの建築だけではなく、文化プログラムも併せて作り、ミレニアムブリッジで花火を打ち上げたり、造船所跡地で映画を観賞したり、その文化的な事がどうして大事なのかをニューカッスル大学の教授が調査しとところ、ほとんどの人が街のイメージが上がったと答え、若者が芸術の才能を伸ばす機会が増えたとの回答が出ました。

 リヨンの事例

    フランス第2の都市で商業が発達しています。織機を発明して世界に売り出した。1997年には世界遺産登録されましたが、同時に街中のライトアップを仕掛けていきました。リヨン出身で映画の生みの親と言われるリュミエール兄弟がおります。1852年12月8日、フルヴィエールの聖堂に設置されたマリア像を市民が光で祝ったことから、12月8日の伝説として、また兄弟の出身地であることから光=リュミエールの都市とし光のマスタープランを作りました。5年間で公共の建物16か所、民間の建物79か所をライトアップしました。そして、12月8日から4日間「光の祭典」を開催し街の証明に関するパブリックアートをあちこちで繰り広げます。ヨーロッパの冬は長く寒いので娯楽を求めて、このイベントに2004年度は400万人が訪れました。この光の計画により、新たな産業の創生も生まれました。アーチストに変わった光の使い方を提案させようということでそこで技術開発が行われました。その技術を世界に売って国際照明都市連盟を作り、リヨンは永久議長市になっています。都市の魅力を活かしてテーマを持って都市再生することで雇用をも生み出す好例と言えます。

3 Civic Pride         

    一番の例がシドニーのオペラハウスで、一つの建築が都市を表現して、あるいは国の顔になるくらいのインパクトです。イタリアの港湾都市ジェノバですが、ベネチアと覇権を争い17世紀全盛を誇りましたが、港が発展することで施設によって、海が遠くなり、街が分断され19世紀に産業を失いました。そこで銀座のメゾン・エルメスや関西国際空港でも有名な建築家のレント・ピアノが港と街の結びつきを取り戻そうと高速道路を埋める計画を立てました。結果的に一部しか埋めることができませんでしたが、再び街と港をつなぐことが出来ました。また、木綿倉庫を国際展示場にリノベーションしました。もう一つのシンボル的なもので起重機の「Bigo」があります。これは船のマストをイメージしたものです。かつてジェノバの港にたくさん寄港していた船をもう一度現代建築で表現しようとしました。これがジェノバの心だと。まさにシビックプライドだと思います。これらの建築をネットワークでつなぎハーモニーが生まれ、他都市に波及しました。ジェノバも最初にボルチモアの港再生にヒントを得、その後、ベルリンやハンブルグに伝わりました。この様に都市の再生はよそを真似して自分のものにしています。それには事例を知っていることが重要です。

今治は建築の街だと思います。丹下建築が多数あり、伊藤ミュージアムの建築が予定されたりしていますが、大事なのは建築そのものよりもそれらがどうハーモニーを奏でるか。場所と場所の血行をどう良くするか。みなと再生の時も、港だけではなく、広い範囲で描いていたと思いますが、市役所と港の連携、商店街と港の連携、今治城との連携。すべて含めて考えないと行けません。

   4 今後考えていること

    今治市と繋がりが出来て港湾都市というものを考えまして、港湾都市だから難しい事があると思います。特に中小都市の港湾はどうすべきか。これは今治だけの問題ではなく港湾都市同士がどういうネットワークを持ってやり方を学んでいくか、都市間競争ではなく、都市間協力をどうするかを考えると、バルト海や黒海沿岸には港湾都市連合があって、私は地中海港湾都市アライアンス研究で地中海の港湾都市にはどこにでも行くことができます。東大でジェノバ、パレルモン、ナポリの港湾都市連携を研究していて、港湾都市ならではの都市間協力を考えると今治ー尾道間も考えられますし、鞆の浦や呉など瀬戸内港湾都市ネットワークがあってもいいのではないかと思います。そのことを横浜市立大の鈴木伸治教授や神戸大の槻橋教授と考えています。

    都市再生における建築は都市がオーケストラだとすると打楽器くらいだと思っています。ソリストではなくて、リズムを作りながらたまに大きい音を鳴らすくらいがいいと思います。木管楽器が人間であったり食べ物であったり、建築は他の楽器の旋律を知らないで音量を間違えてはいけないと思います。いずれにしても建築がない都市は面白くないということです。

第5回今治シビックプライドスクール開催報告

「瀬戸内海国立公園と今治」

 

日時:平成22年2月9日(火)

午後6時30分~午後8時00分

場所:美須賀コミュニティプラザ

講師:環境省松山自然保護官事務所

   桧垣 淳夫、永田清美

1 事務所紹介(講師:桧垣淳夫氏)

  環境省の機関としては、愛媛では我々のところだけです。環境省中国四国地方環境事務所の下に高松事務所があり、その下に松山自然保護官事務所があります。職員は私と永田2名です。業務内容は国立公園の景色の環境です。公害関係は県や高松事務所に依頼しています。

2 国立公園とは

  日本を代表する大風景地で全国で29か所ありますが、この中で瀬戸内海国立公園は一番景色が良くて一番面積が広いという特徴があります。陸だけで見ると、大雪山国立公園が一番広いですが、海も含めると瀬戸内海が一番広いです。環瀬戸内の陸地部では大阪府だけが入っていません。愛媛県の中では今治地域が半分を占めています。

歴史においては、瀬戸内海は一番古く、広島県鞆と備讃瀬戸が昭和9年3月に天草雲仙、霧島屋久と共に指定を受けました。瀬戸内海の中では、次に今治地域が選定されました。一番新しいのは平成19年に指定された尾瀬があります。四国で一番新しいのは足摺で昭和47年に指定を受けています。

外国と違うのは日本は国有地、民有地問いませんが、アメリカなどは国有地のみが指定されます。日本の場合は国立公園の中にも人が住んでいます。

瀬戸内海国立公園の特徴は、内海多島海景観、人文景観、潮流景観、白砂青松。

3 愛媛県の瀬戸内海国立公園

   面積は8,800ha(瀬戸内海国立公園の7%)。海の境界は今治側は休暇村から観音寺市までを結んだ線上の北側。おそらく、工業地帯の海岸は外したのではないか。松山側は重信川から上の部分。陸域では今治地方と松山沖の怱那諸島、佐田岬の一部、大洲と長浜の境の出石寺あたりにあります。

   景観を守っていくのは規制ですが、活用することは市に申請を出して(許可制)、展望を得るための歩道を付ける要望をすることもあります。例を挙げると近見山、亀老山、鷲ヶ頭山などがあります。

   海岸景観では桜井海岸、弓削の法王が原海岸、昔は九王海岸や高須海岸も松原がありました。人文海岸では小島の要塞跡、能島の村上水軍城跡。花の名所は桜では開山、積善山(岩城島)、観音崎(関前)ツワブキは大角鼻が有名です。潮流では来島、船折り瀬戸、鼻栗瀬戸が有名です。特に船からの眺めが素晴らしい。島と海の風景が常に変化して飽きません。例えば、桜井から出発する白砂青松、桜を見るクルージングの企画も面白いと思います。人文では小島の要塞と大三島の北、広島県の大久野島にも要塞跡があり、ここには戦時下での化学兵器製造の実態を今に伝え、毒ガス島と呼ばれ、毒ガスの歴史を伝える大久野島毒ガス資料館も点在します。また、現在は多数のウサギが生息し、ウサギ島とも呼ばれます。この2島を結べば人文クルージングが出来ると思います。以前広島に居た時に、竹原市の観光協会が今治の小島を意識して、一緒に事業を出来ないか思案していました。

4 ふれあい事業(以下講師:永田清美氏)

   市民が自然と触れ合って安らぎを得られることを目的としたり、イベントを企画しています。県内の国立公園を利用して、海の生き物や植物を見る自然観察会や歴史散策を年に数回実施しています。地元の専門分野のボランティアにも協力をいただいています。3月には今治の七五三ヶ浦でイベントを予定しています。22年度は中四国の写真展を休暇村瀬戸内東予で5月14日~6月6日に開催します。

 【情報発信(ホームページ)】

  中国四国地方環境事務所  

       http://chushikoku.env.go.jp/

  瀬戸内海国立公園

     http://www.env.go.jp/park/setonaikai/

  アクティブレンジャー日記 中国四国 (ブログ) 

       http://chushikoku.env.go.jp/blog/

   私は兵庫県出身ですが、こちらに来て印象深いのは多島美とそこに船で気軽に行ける環境です。今後も船や橋を利用して、島々に行けるイベントを行って行きたいと思います。

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